春休み前の、よく晴れた穏やかな日だった。校門から少し外れた道端で、痩せた中年男が隠し笛を吹いていた。就業のベルが鳴って10分後には、午前中だけの授業を終えた小学生たちが男を取り囲んだ。程よく人垣が出来上がったころを見計らい、男は口中に含んだ小さな笛で、口をあけず無表情に、子供たちのよく知る様な曲を意気揚々と演奏した。
聴衆はみな押し黙って、見事な演奏を聴いた。
ひとしきり演奏すると、男は何も言わぬ無表情のまま、最前列の男の子に未使用の笛を手渡した。男の子はそれを口の中に含み、こわごわ音を出してみた。
最初の一吹きで見事な音が出て、男の子は少し驚いたような表情をした。彼はすぐに口の中から笛を取り出し、男に返そうとしたが、男は「もう少しやってみろ」とばかり手をあおり、男の子はもう一度口に含んだ。
またもこわごわ音を出すと、綺麗に音階を演奏することが出来た。これに気を良くした男の子は、自信にあふれた笑顔で、皆が知るところのテレビのテーマソングを演奏した。男の子の少しあとに続いて、男も演奏に加わった。
その一部始終を見ていた子供たちはそれぞれ、かけ足で家に帰り、貯めていた小遣いを握りしめると、校門そばの道端に戻ってきた。
男の稼ぎは上々だった。
おおかた笛が売れてしまうと、男は荷物をまとめ、物陰に隠れていた、笛を吹いた例の男の子を連れて、その町を後にした。
笛を買った子供たちは全員、音さえ鳴らすことが出来ず、唾液にまみれた笛は大概打ち棄てられた。