大晦日、チームの仲間全員で夜中まで散々飲んで騒いだ挙句、それならば初日の出を見ようぜ、って事になった。鎌倉までの道のりは70キロちょっと。だから30分も走れば海に出る。

ある後輩は買ったばかりのガンマ500で、俺は奴の後姿が好きだった。

四つのマフラーから吐き出される煙が、背中のあたりで内巻きに渦を巻く。それを見ながら走るのは、どうもエレガントな女性を見る様で心地よかった。17号、環状8号、第三京浜、横浜新道、それで鎌倉だ。

同じたくらみをもつ輩が134号線に押し寄せていた。

俺達は鎌倉の海で初日を拝もうと申し合わせはしたものの、具体的にどこの海岸で落ち合おう、とか、そんな事は一切決めていなかったので、134号に押し寄せる車とバイクの洪水に飲まれてメンバーの何人かが行方不明になった。

だから、当時は携帯なんて無かったもんだから、誰かを目立つ四つ角に立たせて行方不明者の目印にした。

ガンマの後輩も行方不明者の一人だった。

後ろを走っていた俺が「もう止まれ」という意味でクラクションを鳴らしたりパッシングしたりして合図したのだが、奴はそれを「もっと早く走れ」と勘違いしてぐんぐん前進して小田原あたりまで行ってしまった。







俺達は、江ノ島の東側の海岸に集まって暗い海を眺めていた。

元日の未明は当然とても寒いわけだが、焚き火をすれば暖が取れるだろうとメンバーの誰かが砂浜に穴を掘り始めた。

よし、お前が掘るなら俺は燃えるものを探してこよう。

残りのメンバーで役割分担をし、海岸をうろつきながら燃えるものを集めた。どうやらそのタイミングでガンマの後輩は俺達と合流できた様で、何回目かの燃えるものを調達したときには穴掘り係と一緒に穴を掘っていた。

その穴は深さ1メートル、直径2メートルをゆうに超える大穴になった。

運んできた燃えるものを燃やす手段に乏しかった俺達は、ガソリンをぶっ掛けて火をつけようという単純明快な手段を選んだ。ちまちまと新聞紙か何かで火を点けるよりは豪快で祭り気分が出せるだろう、と思ったわけだ。

そばにいたメンバーにガンマのタンクからガソリン抜いて来いと言いつけた。

程なく奴は拾った1リットルのコーラビン擦り切りいっぱいにガソリンをつめて戻ってきた。

穴の中にまんべんなくガソリンをぶっ掛けると、マッチを擦って投げ入れた。弧を描きながらマッチは中空で消えた。映画みたいには綺麗に行かないもんだなと思った瞬間、大穴が爆発した。

どん!と響いて一瞬もの凄く明るくなったかと思ったら、数メートルの高さにまで火柱が上がっていた。

大成功だ!

初期の火力の大きさに、集めてきた燃料にはたやすく火がついた。

ぱちぱちと音を立てながら燃える炎は暗闇にオレンジ色に輝いた。

遠くから見れば漁火に見えたろう。とても美しかった。

寒い海岸に三々五々集まっていた日の出待ちの衆がわらわらと火柱に集まってきた。

あまりに多くの人が集まり過ぎて、肝心の俺達が暖をとる場所を脅される程だった。







ほんのりと東の空が明るんできた頃、穴の中の火力は随分と小さくなっていた。


「暖まりたい奴は自発的に燃えるものを持ってきて穴の中に入れろ!」


俺が叫ぶと、我も我もと集まっていた烏合の衆は、それぞれ海岸を歩き、何か燃えるものを持ってきては穴に放り込んだ。

自発的に動く奴も居れば、必ずそうじゃない奴も居る。

穴に背中を向けながらその場にしゃがみこみ、楽をしている馬鹿野郎がいたので「お前も何か持ってこいよ。他の連中に悪いだろ」と諭したが聞く耳持たず、お前誰よ?みたいな一瞥をくれたかと思うと仲間同士でのおしゃべりを続けた。

こういう奴にはお仕置きをしたくなるだろ?



「カズキ、戸畑のガンマからガソリンとって来い」



「え、さっきのガソリン俺のですか?」



ひでえよ、そりゃねぇよ、ガンマの後輩はしゃがみこんで俺を呪った。







程なくメンバーは先ほどのコーラの1リットルビンにガンマのガソリンを擦り切りいっぱいに詰めて戻ってきた。



「みんな穴から離れろ!ガソリン入れるぞ!やけどしてもしらねぇからな!」



叫ぶと、穴の傍に集まっていた懸命な人々はずっと後退した。

さっきのむかつくしゃがみこみ野郎を残して。



「ガソリン入れるから危ないっつってんだろ」



どうせ聞いていないので俺はそのままガソリンをぶちまけた。

爆発音が重く響いて巨大な火の玉が空中に上って行った。

実に美しかった。

火の玉は空中に上る以前に、しゃがみこんでいる野郎の頭に火をつけた。

奴は砂浜をのた打ち回った。

だから危ないって言っただろう?二回言っても言う事を聞けないなら自分で責任を取れ。

人の忠告は素直に受けるもんだ。





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