南洋の小島に雨が降る。
滝の様な土砂降りだ。
雨は連日降り続き、四方八方を目くらましにさせ、永遠にこの島から出られないとさえ思わせた。
俺は何をすることも無くベランダから真っ白い雨を見て過ごした。名前、過去、俺の足取りに繋がる全てを捨てにココに来た筈だったが、気が付いたら捨てられたのは他ならぬ俺の存在の全てだった。
最後の財産と持ってきた数冊の本を真っ白な豪雨に投げ捨てた。
10メートル先も見えないほどの強烈な雨の続く島で、逃亡者の俺は力尽きていた。
ここから先に道は無い。
それならばいっそ、世界など悲惨な結末を迎えて終わってしまえばいいんだ。
横領した金も全て使い果たした。だが、ホテルは丁寧に午後のお茶を運んでくれた。俺はまだ上客の様だった。
ボーイの持ってきた午後のケーキは、上品な香りを漂わせるスコーンで、紅茶のセレクトはウバ・ハイランドだった。
いずれ彼らに俺のふところ事情がバレて、無銭宿泊で警察に突き出されるのだろう。そうなれば強制送還だ。この逃亡劇も終わる。
本当は終わりなんかじゃない、俺はここから生まれ変わるのだ。俺はまだ貪欲なんだ。 思い通りに行かないから自棄を起こしているだけだ、これは一種のリハビリだ。 リハビリが上手くいったら道を探すのだ。この島の退廃的な雨は、言い訳するのにちょうど良い按配だった。
雨はざあざあと唸りながら降り続いた。
足許に何が落ちているのかと思ったら、ちっぽけなハチドリだった。雨が降り続くものだから動けずに、真っ黒い瞳を真っ白な風景に向けるばかりだった。
ハチドリを蹴散らそうと足を踏み鳴らした。あっちにいけ!と。ハチドリはおどおどしながらも、目の前の豪雨に動けなかった。
スグそばで人間さまが足を踏み鳴らしているんだぞ。こちらを伺いながら、ちょっとだけ向こうに行っては又戻るその様子が、俺を更にむかつかせた。奴は俺が怖くて小刻みに震えた。チラチラと俺を気にしながら全身の羽を膨らまし、寒さと恐怖と戦いながら雨宿りしている。
足でハチドリを押してはみるが、また雨の当たらない軒下に帰ってきてしまい、飛び立とうとはしない。
雨だろうが何だろうがココから出て行け!
俺はハチドリを蹴飛ばし豪雨の中に放り込んだ。ホワイトアウトした風景の中に放り込まれた哀れなハチドリは、その後どうしただろう。
逃れてきたこの島で、俺もハチドリも同じ境遇だった。どこまで逃げても、逃げ切るという事は無かった。
俺たちは苦しみながら攻めて攻めて、そしてようやく生き長らえるしかないのだ。攻めるのを辞めた時が死ぬ時だ。
いつか涙は乾いたが、雨は相変わらずもの凄い勢いで降り続いた。