友人がmixiの招待状を送ってきたのが事の始まりだった。
招待されたのは良いが、何かを書こうなんて思わなかった。
書くことなど無い。

無いんだ。
朝6時に起床、7時に家を出て、通勤のコースは毎日同じ、8時半にはデスクに座って、昼になれば社員食堂で日替わり定食を食う。
午後3時に無機質な喫煙所で缶コーヒーを一本、大体夜9時まで残業して、10時半に家に着くと、途中のコンビニで買った弁当を食って、風呂上りにビールの350ミリ缶を一本飲んで寝る。
楽しみは年一度の社員旅行。
こんな日常サイクルの中で何を書けと言うのだ?



招待されてから一ヶ月、何も書かないで巡回だけしていると、不意に招待してくれた友人からメッセージが届いた。
「ログインしてるなら何か書けよ」

書かなきゃダメなのか?
書くことが無いから書かないのだが、招待された手前、何か書かないと友人に悪い様な気がした。
なので、mixiニュースの「日記を書く」を利用した。
言葉遊び感覚でニュースを斬る俺のスタイルは、たちまち注目を集める事となり、足あとのカウンターはグルグル回った。俺には直接関係の無い事実だが、だからこそ面白おかしく文章をひねり出すのはた易かった。
マイミクが増えた。
そうやって俺はニュースをネタに日記を書き、マイミクを増やしたが、それがだんだんと義務めいて、いつしか疲れている自分に気がついた。
俺は何のためにmixiをやっているのだろう。



俺とは何だ。 ひとごとに首を突っ込んで下らない文章をひねり出すしか能のない間抜けか。
人の事は良く分かるのに、自分の事は分からない。
無頓着だった。
その日から俺はmixiニュースをネタにするのはやめた。

やめたやめた!!
一ヶ月間沈黙した。
書くことを辞めようと決意した訳ではなかった。
ニュース以外でネタを晒そうと努力したが、何も思いつかなかったのだ。



それから一ヵ月、俺は日記を再開した。



○月○日
今まで俺は自分の事を書かなかった。
書きたくないから書かなかった訳じゃない。
それは理解して欲しい。
書けないのだ。
毎日同じ事を繰り返すばかりの判で押したような毎日、どこに目を見張る様な事件があるだろう。
それでしばらく考えてみた。
俺に起こる変化は数少ない。
全く無いと言ってもいい。
だけど、これだけは日記になりうると判断したので、今日からはそれを題材に日記をつける事にした。
マイミクの皆様、うんざりしてマイミクを切るような事はしないで欲しい。俺はまじめだ。
ひとつの事物を注意深く観察すると、そこから見えてくる世界がある様な気がするのだ。
今日から俺は、自分が今日一日に排泄した全てのウンコの事を日記に書こうと思う。
毎日同じウンコばかりしている訳じゃない。俺が同じ顔をしていても、ウンコの表情は日々微妙に違っている。
子供を産んだことは無いが(産めるはずもないのだが)ひょっとしたら子供を産む感覚と似ているのではなかろうか、とも思った。
まことに恐縮だが、俺のウンコの表情を共に見守って欲しい。ウンコの思い出を共有して欲しい。
俺はつまらない男で居たくない。
俺は役立たずのウンコ製造マシーンなんかじゃないんだ。


○月○日
最悪だ。
昨晩酒を飲みすぎたせいか、朝一番に下痢だった。便意で目が覚めた位だ。

ウンコ日記の初日に下痢の事を書くなんて、俺はつくづくついていない。
粘性が強く糸をひいていたのか、水面に漂うブツは小さな人魂の様な姿をしていた。

出社し、腹の調子が悪いまま昼飯を食って午後一時半、又もや強烈にもよおした。
やはり下痢だったが、朝に比べればまだ落ち着きを取り戻しているようだった。
何を食った残骸なのかは分からないが、粒状のものが多く含まれていた。
昨晩食ったものを忘れる事は多少あるが、ウンコを見ても思い出せないようでは自分の脳年齢を考えて何かトレーニングをしなければいけないかも知れない。
ニンテンドーDSを買おうかと思う。

○月○日
昨日とはうって変わって便秘だ。
人の体は不思議だ。
朝から20分30分、トイレに篭ったが、血管が切れるほどふんばって出てきたものはピンポン球大のものが一個きりだった。
昨晩の弁当は焼肉大盛り弁当だったのに、出てきたピンポン球は水に浮いていた。
という事は、昨晩の弁当が化けて出てきたものではないという事だ。
きっとそれ以前に食った野菜か何かだろう。
その日一日で出したブツは、それ一個だけだった。

○月○日
便秘は今日も続いた。昨日より悪い。
一日成果なし。
出さないでいると気持ちが悪いが、もよおさないのだから仕方ない。

○月○日
昼過ぎ、会社のトイレ。俺は驚愕した。
もの凄いブツが出てきた。
その先端は真っ直ぐ排水溝に向かってもぐり込んでいたので正確な事は分からないが、1メートル近い長さがあったのではなかろうか。
しかも太い。
俺はこんなものを体内に内蔵していたのかと思うと感慨一入であった。
ケツを拭いて、流そうと思ったが、あまりの見事さに見とれた。
美しい一本グソである。
10分は見ていたと思う。
それで、これを流さず次回このトイレを利用する誰かに俺の素晴らしいブツを見せ付けてやろうと決意した。
俺はケツを拭いた紙を、新たに取り出した紙を使ってそっと取り除き、隣のトイレに流した。
ぱっと見は「1メートルの巨大ウンコをしてケツも拭かずに出てきた奴がいる」と思わせるオブジェだ。
いや、もしくは「完璧な脱糞」を連想させるだろう。
馬の脱糞の様に、ゾウの脱糞の様に。
俺は想像した。
今日の午後、社内で噂が広まるだろう。
1メートルのウンコをして紙も使わないツワモノがこの中に居る、それは誰なんだ、という噂だ。
そしてそれは予想通りの展開となった。
隣の席の高橋が現場で目撃した惨状を俺に教えてくれた。



日記をつけ始めてすぐにマイミクが減り始めた。
数人のマイミクは嫌悪感をメッセージに託してよこした。
ある人は罵詈雑言の限りをつくし抗議した。
返信はしなかった。
メッセージを寄せたマイミクは大抵すぐマイミクで居る事を辞めた。

当初130人は居たマイミクが12人まで減ってしまった。
自ら削除する訳でもなく急激に1/10以下にマイミクを減らせる人物が居るだろうか。
それでも俺はウンコ日記を辞めなかった。



それから数ヵ月後、俺はまだウンコ日記を続けていた。
マイミクは一旦、一桁台にまで減ったのだが、不思議な事に再び増え始め、既に900人を越す勢いである。
ウンコ日記を称えるコミュニティすら出来ていた。
今や俺はウンコスターだった。書籍化の話まで出始めた。
当初、俺を招待した友人は「招待した俺は一定期間お前をマイミクから外せないんだから、そのクソ日記を辞めるか退会してくれないか」と懇願していたのに、今となっては手のひらを返した様に俺の日記にコメントを書きまくっている。






彼はすっかりエスカレートし、明日からはウンコの写真も掲載する事にしました、と告知した。






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