有藤書店のご主人は、たいてい昼間から酔っ払っていて、缶ピースのを燃えさしから新しいピースへ次々とチェーンスモーキングしていた。
ボサボサの頭髪の具合が、あたかも小林秀雄に見え、小林フリークだった俺は彼の容貌から思想から、まるでそこに小林秀雄が存在するかの様にインスパイアされたし、リスペクトした。言い得ぬ安堵感を放つご主人を、とても近しい存在に感じた。
缶ピースの味わいを知ったのは、有藤書店のご主人がきっかけだった。西日の差し込む頃、ご主人愛蔵の酒を酌み交わし、ピースを喫し、二人してずいぶん盛り上がった記憶がある。
酒とタバコ、本。世界中のありとあらゆるインテリジェントと酩酊。
時間と共に理路整然とした議論は姿を消し、大きく脱線しながら話はいつまでも止まらない。背表紙が、背表紙の文字たちが、俺たちの会話に入り込んでくる。
今やいっぱしの酒飲みヘビースモーカーになった俺は、あの時の、有藤書店のご主人から頂いた缶ピースの異次元の美味さを、生涯忘れることはないだろう。
ああ、決して忘れないさ。
当時の俺は、格好いい人の真似なら何でもした。