先生は立ち上がり、俺と依頼女性の横をすり抜け庭先に出ると、その一角に香を手向けた。

見渡せば、テラスの壁面には数匹のチチャが、獲物が来るのをキの字キの字で待ち構えていた。

壁面の黒ずみは煤か黴か。

タバナンの深夜は、我々を照らす電灯の灯り以外には重い湿度の漆黒の闇しか存在せず、時折、遠くに吠える犬の声が聞こえるばかりだった。

定位置に戻ってきた先生は既にマントラを唱えており、リラックスした状態で腰を下ろすと、深く目を閉じ眉間に皺を寄せた。

数分後



「・・・殺したのはその男ではない。彼は利用されたのだ。真犯人は名前のイニシャルがS、姓のイニシャルがM、遺体発見場所からごく近い場所に住んでいる」



そこまで言って、先生は身悶えした。



「死んだ一番の原因は打撲に因るショック死だが、それは転落が原因の打撲ではない。固い棒・・・鉄の棒だ、それで頭を強く殴打されたので、息をつく間も無く即死したのだ」



凶器の棒は赤と青に塗り分けられたL字型、50センチ程の物だ。

先生はタバコに火を点けた。ガラム特有の甘い香りが漂う。ぱちぱちと音を立てた。



「・・・で、どうする?自首させるか?」



鼻から口から煙を漏らしながら、先生は依頼者に訊ねた。



「自首させる様に仕向ける事も出来るが?」



しばし沈黙が場をつつみ、状況を理解しないカエルたちが暢気に鳴いた。



「・・・いや、結構です。確信出来たので・・・満足です。」



依頼者は力無く答えたが、彼女が全て言い終えるのを待たず、先生は「君のお兄さんが」と言葉をつないだ。



「生前、キミに忠告していた事があっただろう?覚えているか?」



依頼者は目を泳がせた。



「いや、特に忠告はありませんでした」



「あなたが考えている事は、お兄さんを悲しませる。供養にはならない。お兄さんはあなたを犯罪者にも死人にもしたくないと思っている。だから、復讐や自殺はおやめなさい」











依頼者は先生から、兄を殺した真犯人の確固たる証拠のありかを教えてもらう代わりに、復讐の為に用意したもの全てを川に棄てる事、生きて兄を安心させる事を約束した。

その答えを聞いた先生は



「今夜はいつもより疲れた。休むのでお前たちは帰りなさい」



と言うなり、すたすたと自室に引き上げてしまった。






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