さっき見ていたテレビ番組にダライラマ14世が出演していた。

ラサまで延びた鉄道のビデオ映像を見ながら、彼は「経済的に発展する事はチベットにとって大変良い事だ」と微笑みながら語っていた。

鉄道は、チベットを侵略し乗っ取った中国共産党のドン、胡錦濤国家主席のイニシアチブで完成した。

ダライラマは胡錦濤に恨みつらみを言うでもなく、発展を続けるチベットの街の映像を見ながら「美しい」と微笑んでいた。







そんなダライラマを見ていたら、コミンとの会話を思い出した。

何年か前のバリ島。

ウブドの森に夕日が沈み、深い渓谷に潜む妖怪達が闇夜に徘徊する漆黒の夜が更けるまで、この日のためと持参したクエルボ1800を酌み交わしながらいつまでも語り合った。

コミンとの会話は、テーマが一つ決まると、深く語り合うのだ。たまにしか会えないコミンとの会話は、いつでも会える地元の友人と話をするのとは少し訳が違う。

頻繁にバリ島を訪れる事が出来ないからこそ貴重だ。










その時には「パワー」の話をした。

パワーとはすなわち、バリ島で良く語られる「ホワイトマジック」や「ブラックマジック」の事だ。

ブラックマジックの使い手は依頼者の様々なリクエストに応じる。


ある時は、依頼者の好きな異性を誘惑し、ハートを奪う。

ある時は、商店の主人からのリクエストを受け、主人の命と引き換えにライバル商店の客を主人の店に導く。

あるいは、クライアントが殺したいほど大嫌いな人の命の火を、特別な力で奪い続ける。

それらは本来、泰然と流れ行く人の運命を無理やりねじ曲げるもので、通常ならば人々からは受け入れられないとされる特殊なパワーなのだ。

そして、そのブラックマジックを解くべく対抗するパワーが、ホワイトマジックと言う訳である。

善と悪の対決。ホワイトマジックは正義のヒーロー、よそ者の旅行者からすればそう見える。



「でもね、その二つのパワーは同じなんだ」



コミンは説明した。



「ブラックマジックはね、練習すれば誰にでも出来るテクニックかも知れない。人によってパワーの差とか素質とかは違う。だけどね、これはワンウェイのパワーなの。パワーを送ったらね、もう吸いだせないよ。送ったらそれだけ」



「じゃあ、命を奪うパワーは送ったら元に戻せないの?」



「そう。ダメージを送りつづけるだけ。もう戻らない」



「じゃあ、なんでホワイトマジックと同じパワーなんだ?」



「ホワイトマジックはね、反対向きのパワーなんだよ。ブラックマジックの反対向き」



「反対向き?」



「だから、命をもらうよ、って言うパワーがブラックだとしたら、命をあげるよ、って言うパワーがね、ホワイトなの」



良い悪いじゃなくてベクトルが違うのだ。

バリヒンドゥの考え方に、こう言うのがある。

魔女ランダと聖なる神獣バロンの戦いを描いたバロンダンス。バリ島の基本的な考え方。対抗する二者の戦いには決着と言うものが無い。世の中には善と悪があるが、それらは永遠に拮抗する。勝負のつかぬまま、永遠に終わらない戦いを続ける。悪は追い詰められ、もはや滅びの一途を辿るかのように見えるが、つい先ほどまで善だったものが、一瞬にして悪に変わる。

悪は、善無しにはありえず、善と言えども、悪が無ければ存在しない。

そして善悪は追いかけっこの輪廻を解脱出来ない。



「パワーってね、とても強くてね、人間が望むものを叶えてくれるんだよ。I need youって思ったら叶うまで思いつづけるでしょ?ブラックマジックはね、リクエストをパワフルにサポートするんだ」



「ブラックマジックって邪悪なパワーじゃないの?」



「ブラックマジックって言うと、日本人の友達はみんな『悪いパワー』って言うよね。それ、違うよ。だって、人には欲があるでしょ?やりたいことがあるでしょ?それは悪い事?欲しいものを手に入れたり、やりたい事をするとね、必ずその犠牲があるの。犠牲になるもの、犠牲になる人。欲ってそういう事でしょ?」



「悪い事って思わないの?」



「人って『これ欲しいな』とか『こうなったらいいな』と思ったら、絶対欲しいでしょ?それは止められない。止められない欲に犠牲があるのは仕方の無い事だよ。それが悪い事なら、人類はみんな悪者ね」



「ホワイトマジシャンは、なんでそれを解く事が出来るの?」



「そうだね、まず分かって欲しいのはブラックマジックは簡単、だけど、ホワイトマジックは難しいんだよ。いっぱいトレーニングしないとホワイトマジシャンにはなれない。だって、どこからどんな『欲』が飛んでくるのかなんて、普通の人には分からないよ。それを分からなくちゃホワイトマジシックが出来ないでしょ。同じ種類のパワーだけど、送るだけなのと、サーチしてアゲインストのパワーを送るのではスキルが違うんだ」



善悪の拮抗を上から覗いたら、そうだよなぁ、確かに区別つけ難い。

戦争だ。勝てば官軍。



「だからね、ブラックマジックもホワイトマジックも同じ」



「世の中にはそれだけしかないのか」



「大丈夫。もっと凄いパワーがあるよ。優しい、って事。ゆるしてあげるよ、っていう心。これ以上強いパワーは無いよ。最高のパワーね。人はね、弱いから欲に負ける。例えそれがどんな欲でも弱いことの証明だよ。でもね、ゆるしてあげる、って気持ちには欲が無いんだ。優しい気持ちだけが、どんなものにも負けない最強のパワーだよ」














にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へ