俺の人生において車で逃げまわる事になろうなど微塵も思わなかった。だって車は図体がでかい。それが例えフェラーリだろうとランボルギーニだろうと逃げるには不利なのだ。もしこれがバイクだったら、そう思えども後ろにぴったり付いてくる交通機動隊は距離を縮めるばかりで、今更考えたところでどうしようもない。こうやって逃げている事すら無意味に思えてくる。助手席にはさっきまで俺の股間のいちもつを咥えていた名前すら知らない女の子が半泣きになってシートベルトを握っている。頭が割れて血が出ている。大体、事故を起こしておきながら事故車両を道の真ん中に放置していたあいつらが悪い。いや、もっと言えば俺の前を走っていた糞RX-7がいけない。
行きつけのバーでパーティがあって散々飲んで、そこで意気投合した女の子を「送るよ」と車に乗せて、途中の信号待ちでキスして胸を触って、そりゃ触れたらOKだろ?で、彼女の股間をまさぐっていたら「してあげる」って言うもんだから調子こいてドライビング中のお楽しみだ。
そしたら産業道路で俺らを煽るRX-7じゃないか、俺は王様気分で、だってそうだろ?いかした女の子の頭が股間で、俺は買ったばかりのホンダプレリュードがピカピカで、なんだか血が騒いで嬉しくて、胸がわさわさして、ベタ踏みで挑んでやったよ。俺らをパスしたニクい13Bのケツにぴったりくっ付いて、テールトゥノーズのデッドヒートさ。
そしたら野郎、二十三夜のあたりで急に車線変更しやがった。奴の抜けた車線には、もう間に合わない距離に事故って停まっている車が放置されているのが、マッドマックスのナイトライダーが最後に見た景色よろしく目に飛び込んできたのだ。
ブレーキのいとまもなくそのまま突っ込んだ。
そして叫んだ。激痛が走った。女の子が衝突のショックで噛んだのだ。
それよりも女の子がハンドルに頭を激打した。俺とハンドルに挟まれたらさぞかし痛かった筈だ。
痛かったろうけど、俺は自分の股間の心配をした。
ふと横を見ると、おそらく事故った車の運転手たちだろう、むなぐらをつかみ合ったポーズのまま、事故車両に突っ込んだ俺達を惚けて見ていた。
そしてたちまちサイレンが鳴り響き、今ってわけ。
ラジエター、逝っちゃったな、水温計はどんどん上昇し、吹き出る蒸気は俺の行く先を目隠しした。それでも捕まりたくなかった。もはや女の子の事などどうでもいい、後ろにぴったり張り付く交通機動隊を何とかしたかった。股間が痛い。大宮の手前、ああ!もう何処だか分からないや、パトカーのサイレンは不規則な周期で、それが俺を苛立たせる。救急車みたいに一定の周期で鳴るサイレンと違う。不規則に鳴るのは手動でスイッチをオンオフしているのだろうか、それは犯罪者に苛立ちを覚えさせる為なのだろうか、とか、どうでもいい事を考えた。
ルームミラーを見ると交通機動隊は徐々に下がっていった。
何故か。
俺と交通機動隊の間に二台のバイクが蛇行運転していたからだ。
バイクは反対車線に出てパスしようとするパトカーの進路を、すかさず塞いだ。
バイクがとおせんぼして前に行かせない。ナイスなラッキーだった。
いい加減距離が開いたところで住宅街の細い路地に逃げ込んだ。
勝手知ったる地元の細い路地を抜けて、第二産業道路に出た。
真っ直ぐ北に走り、適当なラブホテルに車を突っ込んで、ホテルの部屋で股間を見た。血が滲んでいるはいたが、かろうじてつながっていた。良かった。
名前も知らない女の子は部屋に入る前に俺の右目のあたりをグーで殴ってどこかに行ってしまった。
綺麗な歯型を残して。
一晩明けて、直行でぶっ壊れた車を馴染みの修理屋に出し、後輩を呼んで送ってもらった。
車の中で昨日交通機動隊の行く手を阻んだバイクの話をした。
「それ俺っすよ」
狙ってた女の子を俺が連れてったもんだから後をつけていたのだと言う。
「もう一台は誰だよ」
「いゃあ、わっかんないっすねぇ。勝手に付いてきたんですよ」
いや、お前は知っている。
知っているけど言わないんだ。
女の子をゲットするのはしたたかな奴の特権だからな。
あの子は俺、もうダメだろうから、お前らが何とかしろ。歯並びの綺麗ないいコだぜ。
プレリュードはフレームまでぐっちゃり曲がり、修理不可能で廃車になった。
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