地鳴りのような振動が、埃っぽい校舎の床を揺らす。
窓ガラスがガタガタと悲鳴を上げ、下駄箱やロッカーが次々と倒れていく。
壁一面から染み出した血の跡が、この空間がすでに現世から切り離された「絶界」であることを示していた。凄惨な死を遂げた怨霊、そして――面白半分に立ち入り、恐怖のあまり悪霊の軍勢に文字通り「取り込まれてしまった」哀れな3人の若者たちの魂。
100体近い悪霊たちが、狂気と怒りに満ちた目で突如現れた少女を睨みつけている。常人なら発狂するほどの霊気の嵐。
しかし、その中心に立つロット・エルヴァイスは、お気に入りのドレスの裾を軽く払うことすら強風の仕業程度にしか思っていなかった。「……なるほど。これがこの世界の『ゴースト』の類ね。魂の波長はアンデッドに近いかしら」ロットはそっと目を閉じ、精神感知魔法を展開する。
流れ込んでくるのは、怨嗟、絶望、そして永劫の苦しみ。聡明な彼女は、彼らが悲惨な最期の被害者であることを瞬時に察した。だが同時に、無関係な生者を害する明らかな有害物質であることも理解する。(放置すれば、哀れな魂は永遠に苦しみ続け、新たな犠牲者を生むだけ。……でも、これほど純度の高い霊気の持ち主たちを、ただ消滅させるのはもったいないわね)ロットの脳内計算は一瞬で完了した。
彼女が下した決断は、排除でも、おこがましい救済でもない。「全員、私の魔界(国)へ連れて帰るわ」数億の魔族を統べる絶対的統治者としての、冷徹かつ最善の「収拾案」だった。魔界であれば、この優れた霊気の質を活かせる役職(ポスト)など、いくらでも用意できる。
「アハハハハハ!」と壁を反響する悪霊たちの邪悪な笑い声を遮るように、ロットは携帯していた30kgの魔導銃を、まるでおもちゃのように片手で優雅に構えた。その銃口に、この空間の霊気を一瞬で威圧するほどの、濃密な魔力が集束していく。
「おしゃべりはそこまで。……さあ、新しい職場の話をしましょうか」優しく、大人お姉さんのような微笑みを崩さないまま、女帝は引き金に指をかけた。

圧倒的な実力行使:女帝の「面談」

「アハハハハハハハ!」
空間を揺らす悪霊たちの嘲笑。壁から、天井から、怒り狂う巨大な顔や生気のない人形が、一斉にロットへ向かって牙を剥いた。かつて3人の若者が金属バットを振り回し、スタンガンを浴びせても、ただ彼らを激昂させるだけだった絶望の軍勢。それが今、津波となって一人の少女へ殺到する。
しかし、ロット・エルヴァイスの微笑みはピクリとも崩れない。
「暴力に身を任せるだけの組織は、早晩自滅するのよ。……まずは、その頭を冷やしなさい」ロットが優雅に右手を振る。その手に握られた、魔力が籠もった20㎏の鉄扇が、風を切り裂く音を立てて開かれた。
ドォン!!一振り。ただそれだけで、廃校舎の廊下を埋め尽くしていた瘴気の嵐が、逆方向へと強引に吹き飛ばされた。物理的な質量を持たないはずの悪霊たちが、鉄扇から放たれた圧倒的な魔力の衝撃波に打たれ、悲鳴を上げて壁へと叩きつけられる。
「ギ、ギエエエエエッ!?」霊たちが困惑し、恐怖に顔を歪める。人間たちの攻撃は一切通用しなかった自分たちが、一撃で文字通り「圧倒」されたのだ。だが、怨霊としての本能が彼らを突き動かす。群れの中心にいた巨大な顔の悪霊が、怒りに狂ってさらに巨大な霊気を膨らませた。
「無駄な抵抗は、業務の効率を落とすだけよ」空中にふわりと身体を浮かせたロットは、今度は左手に持った30kgの筒状の魔導銃を水平に構えた。一般の兵士なら持ち上げることすら不可能な重量の代物を、彼女はまるでお茶会の扇子のように軽々と制御している。
「少し痛むけれど、再教育(リハビリ)だと思って我慢してちょうだい。――『マギ・バースト』」銃口から放たれたのは、漆黒の魔力光。それは霊体を「消滅」させるための光ではない。彼らの狂気を強引に中和し、魂の構造をロットの支配下に縛り付けるための「捕縛魔法」だった。光線は廊下を蛇のようにのたうち回り、100体いた悪霊たちを次々と貫き、絡め取っていく。凄まじい爆音と光。しかし、ロットは完璧に魔法をコントロールしていた。建物の損壊は最小限に抑え、霊たちの「優れた霊気の質」を1ミリも損なうことなく、ただその戦闘能力と狂気だけを完璧に無力化したのだ。
「あ、あう……、う……」さっきまで地鳴りのような咆哮を上げていた悪霊たちが、今や光の鎖に繋がれ、床にひれ伏している。その中には、かつて「幽霊なんかいるわけねえよ」と笑っていた、手足の透き通った3人の若者(田村、野本、金子)の姿もあった。彼らは完全に狂気から覚め、涙を流しながら自分たちを縛る光の鎖と、宙に浮く美しい女帝を見上げていた。
ロットは静かに床へと着地した。鉄扇をパチンと閉じ、魔導銃を肩に担ぎ直す。その息一つ乱れていない姿は200の魔王を従える女帝としての格の違いを雄弁に物語っていた。

その言葉に宿る絶対的な威厳と、抗うことすら許されないカリスマに、100体の悪霊――そして元人間の3人は、恐怖を超えた平伏の礼を取るしかなかった。

生き残った霊たちの救済:魔界への「お持ち帰り」
「これで全員ね」ロットは生き残ったのは害の少ない霊を見渡し部下の成果を褒める優しい声で告げた。
「あなたたちの霊気の質は非常に優れているの。このままこの狭い世界で朽ち果てるのはもったいないわね。」
そして恐怖に震えながら半透明の姿でうずくまる悪霊にされたばかりの田村、野本、金子の3人。
「ひ、ひぃぃ……! 助けて、助けてくれ……!」
自分たちを襲った悪霊が一瞬で消し去られた光景を見て3人は別の次元の恐怖にガタガタと震えている。
そんな彼らの前に女帝がゆっくりと舞い降りた。
「安心なさい。あなたたちをこれ以上傷つけはしないわ」
ロットの優しい、しかし絶対的な威厳を持つ声が響きます。
「そこで提案なのだけれど私の国(魔界)へ来ないかしら?」
「え……魔、魔界……?」
呆然とする3人や残された霊たちに向けてロットは微笑みました。
「ええ。そこなら永劫の苦しみから解放してあげる。その代わり私の家臣である魔王たちの下でしっかり働いてもらうことになるけれどね。不当な扱いはさせないから安心して頂戴」

ロットが魔導銃を掲げ、空間を強制的に固定する転移魔法を展開すると廃校舎の壁に巨大な魔界の門が姿を現した。
「さあ、お行きなさい」
その言葉を合図に残された霊たち、元人間の3人は抗うことも忘れて吸い込まれるように門の向こうへと進んでいった。
かつて人々を恐怖に陥れた怨霊の巣窟はただの静かな埃っぽい空っぽの廃校舎へと戻っていった。