“自分を軸にした働き方”の界隈を見ていて、
胸がぎゅっと苦しくなる投稿と、
そうじゃない投稿の違いって何だろうと、
ずっと考えてきた。
今日でその考察は終わりにするから、
ここにそっと書き残しておこうと思う。
れっつごー。
ピシャリ言うとね、
あの苦しさの正体は 「わたしを見て」 なんだなぁ。
わたしも最初は勘違いしていて、
自分をさらけ出せば出すほど価値になると思ってた。
過去の失敗も、恥ずかしい話も、たくさん書いた。
でもね、違ったんだよ。
“自分を扱う働き方”って、確かに自分が商品になる部分はあるけど、
その本質はいつだって
「誰かの役に立つ」 という、とてもシンプルなところにある。
ところが、
変わっているようで変わっていない人たちの投稿には、
「あなたも輝けるよ」と言いながら、
土台には “わたしのキラキラを見てほしい” がある。
「これを売ります」
「これの売上はこう使います」
そんな“手の内の開示”も、
本当は 「わたしを応援して」 というメッセージになってしまっている。
それってビジネスじゃなくて、
ただの 自己承認のための募金活動 なんだよね。
だからね、
まずはビジネスのことは横に置いて、
自分が心から満たされること を優先してほしい。
もし発信がしんどいなら、
一度 “安心して働ける場所” に身を置くのもいいよね。
そこで得られる安定や感謝が、
次のステップの土台になってくれるから。
「こんなに与えられていたんだ」
そんな感覚を取り戻すことが、すごく大事😌
そして、内側をやさしく整えていく。
自分の声を聞いて、
望む在り方を決めて、
まずは言葉だけで置いておく。
満たされる瞬間をキャッチして増やしていくと、
嫌な感覚にも気づきやすくなるよ。
それも丁寧に拾って、
設定を自分好みに変えていく。
そして幸せになったら、
その幸せを、ただ自然にシェアしていけばいい ◎
見ているとね、ほんとうに苦しそうで。
(私が苦しいからそう見えるんでしょ、じゃなくて。笑)
そんなに今の自分を否定しないでね。
憧れの誰かの言葉に“快感”を覚えても、
「間違ってた…」って落ち込む場所、そこじゃないから。
派手なほうがわかりやすいから、
ドーパミンとアドレナリンでスパークしちゃうのもわかる。
でもそれだと、また同じ道に突っ込んでいく。
みんなが本当に求めているのは、
セロトニンやオキシトシンが満ちる、
じんわりあたたかい世界なんじゃないかな。
もちろん、選ぶ道は自由だけどね^^
わたしの声が届いているみなさん、ありがとう。
もし、いつか
「こっちの道に行きたいな」
と思ったら、いつでも大歓迎。
方向転換は、いつからだってできるから ◎





