以前書いたゼロ磁場記事の訂正、修正になります。

ログアウトしてしまった為こちらのブログにて書き直していきます。

2021年の記事です。

宜しくお願いします。



大学病院で声を掛けて来た友達の旦那さんはとても心強い存在になりましたニコニコ

退院して自宅療養中には家へ訪ねて来て元気を下さりました。


年の瀬に検査入院しました。

数日の検査入院を終えた帰り道、旦那が宝くじを買うと言いました。

「(検査入院)頑張ったから当たるかも🎯」って。

結果は一枚も当たりませんでした。

それに頑張らなければいけないのは そこから先の事でした。


車の中で私の運転を、こっちが近道とか渋滞してないよとか言うのが悲しかったのを覚えています。

単に良かれと思って言っている事なのに神経質になってた私は旦那は自分が死ぬ前に私にいろいろ教えてきてると思って、泣きながら

「未だ旅行も一杯したいし長生きして欲しい」と訴えました😭

そうゆう意図で言ったつもりはない旦那は驚いてました。



手術日が決まり入院しましたが直後にタイミング悪くインフルエンザに罹り一旦帰宅して待機となりました💦

免疫が落ちていたんでしょう。

妹が私達を病院に連れて行き、姪が食事を作ってくれて有難かったです☺️


インフルエンザが治り、迎えた手術日。

朝早くから妹の付き添いで病院へ行くと旦那は既に車椅子に乗せられて私が来るのを待ってました。

頑張って!と声を掛けた。

待合室は当日手術をする家族が大勢待機してます。

電光掲示板に性別/年齢/何処の手術なのか示される。

とても幼い女の子が心臓と出てきたので家族は心配でならないだろうと思いました。

手術が始まると麻酔した事も表示されます。

勿論、旦那がどれなのか直ぐ分かる。

長丁場の予想はしてました🕗

朝食抜きだったので下のコンビニに買い出しに行き、待合室で本を読みながら過ごしました📗


義父母には長くなるから午後に来てと言ってましたが、午前中に義父母、義兄が来ました。

まだまだ何時間も掛かることを伝えると義父と義兄はものの数分で義母だけ残して帰りました。

義母が重箱に、美味しいお昼を用意してきてくれました🍱


息子たちは、それぞれ学校が終わって、就活が終わって、病院に来ました。


手術を終えた家族は放送で呼ばれ、待合室から出て行きます。ひと家族出て行く毎に取り残された感になって段々心細くなり不安も増していきました。

そして遂に最後は私達だけに。。

あまりにも呼ばれないので不安になり無口になりました。



やがて手術中から麻酔中に点灯表示されたのを確認して、少しだけ安堵しました。

放送で呼ばれたのは午後23時は まわっていました。

高齢の義母は愚痴1つこぼさず付き添ってくれましたおねがい

手術は午前8時開始で既に15時間は過ぎていました。

術後のICUに入れるのは3人。

私と長男と義母で執刀医の説明を聞きに行きました。

99.99%は取りました。

と言われました。

先生!有難うございます!

信頼してお任せして良かった!と、心の中でも感謝しました。


ご存知の方も多いかと思いますが乳癌にしても胃癌にしても多種多様でステージからの細かい分類があるわけです。

脳腫瘍の場合はステージではなくグレードで示します。

旦那はグレード2と3の間と言われていて

神経膠腫(グリオーマ)の診断を受けてました。こちら、お借りしました↓↓

神経膠腫は、神経膠細胞から発生します。 脳腫瘍には、他のがんのようなTNM分類やステージ分類がありません。 代わりに悪性度(グレード)として1から4までの数字を用いて分類されています。 グレード1の腫瘍は手術で全摘出できれば再発のおそれがほとんどない良性腫瘍です。


その日はICUで過ごして次の日は、少人数の患者がカーテンで仕切られている看護師さんの目の届く病室に移動でした。

翌日、面会に行くと看護師さんが尿道から管を抜くので待って下さいねと言いました。

管を外され自由に動けるようになった旦那は立ち上がると歩きだしたので、昨日大手術したばっかりなのに もう歩けるんだ⁉️と驚いたものです。


翌々日は4人部屋に行きました。

手術は無事終えたものの病理検査の結果が出ないと詳しい診断は出ないのでソワソワと落ち着きませんでした。



   ③に続きます。