あしながさん パート2 | lladroさんのブログ

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復帰を考えて、チョッとネット検索してみました。

ビックリした事に、そこにはこの団体に対する

批判や意見が飛び交っていました。

私が止めてしまった理由は「なんとなく」

ではなかったのです。


支援を始めたのは1980年頃、その当時は

“交通遺児育英会”でした。

私の二人の子供がまだ小学校に上がる前のことです。


たまたま新聞で、交通事故で親を失った子供達が

高校進学の夢を諦めざるを得ない実情、と言う記事を

読み、いたたまれなくなったのです。


もし自分の子供達が同じような境遇に遭ったとしたら・・・。

暮らしぶりはけっして楽ではなかったその頃、何かに突き

動かされたかのように、郵便局に行って振込み用紙を

貰ってきました。

当時は毎回窓口で送金手続きが必要だったのです。



何年かして自動振り替えが出来るようになり、

ただただ、少しでも子供たちの支援になればという思い

だけで25年も続けていました。



遺児達が、あしなが育英会、と言う組織を発足させ、

支援の対象者を「病気や自死、災害」遺児にまで広げて

いたことは知っていました。


でもある日、レインボーハウス(心のケア)建設のために

別口の寄付の依頼がきた時、私の中で「?」が生まれました。

遺児が進学の夢を叶える為に・・・倹しい暮らしの中から

僅かずつ捻出して送金していたのに・・・立派な設備を整えた

レインボーハウスの建設?



はぐらかされたような気持ちになったのは2005年の頃のこと。

支援活動そのものに反対ではなかったし、当時は寄付だって

出来なくはありませんでした。しかし、私の中で何か途切れ

てしまい、結局、年度更新を止めたのです。



ネットの中では、詐欺だとか不正だとか本来の趣旨とは違う

使われ方だとか、誤解だとか感謝しているとか、

様々な意見が書いてありました。

どれが真実か、私には分かりません。



でも、先日出会った子供たちの眼は、30年以上も前のあの時の

気持ちを思い出させてくれました。やっぱり私復活します。

寄付金の全部が無駄遣いされているのではない、と信じて。