みんな、帰って行った。
私と女性(グル)は、アイフォンから何度も男の子の歌声を聴き、涙を流していた。
女性(グル)の想い ・ ・ ・
子どもたちの想い ・ ・ ・
想像しても 私には追いつかない。
感じるのは、ただただ ”愛” だということ。
今回、ここに子どもたちも共にいるなかで、こうしてそばに居させてもらえたこと、
なんかすごく有り難かったです。
うちでは、家族の愛ってものがわからずに今に至ってますが、
そばでそういうの、リアルに見させてもらえたようです。
こんな感覚、初めてです。
そう?
そう言ってもらえると私も嬉しいし、子どもたちも喜ぶと思います。
本当に、初めての感覚だった。
関係の良い、暖かな家族を見て、羨ましいと思うことは何度もあった。
この女性(グル)の家族は、そういうこととは少し違う。
もちろんそうなのだが、でも、違う。
尊重しあい、信じあい、受け止めあい・・・
まだ未熟なはずの子どもたちはすでに、自立の準備ができている。
すべて、 ”愛” による。
片寄り(偏り)なく、まんべんなく平らなことが前提の、
強い心のかたち、つながり。
他の家族の暖かな断片をみて、感じていたジェラシー。
どこを切っても同じ、ただ愛のみの情景には、ジェラシーの出る幕はないようだ。
”愛” を感じられるのは、自分の中に ”愛” があるからよ。
ないものは感じられないんです。
haluちゃんの中にある愛で、感じられたんやね。
また、泣けた。
ゆっくりチャイをいただき、私はまだ昨日ケイブで得た感覚を表現してなく、早く伝えたいと感じた。
今回のケイブでもいろいろ感じさせてもらうことがあって、
結局アルナチャラによってたくさん感じさせていただけたようです。
へ~。
聞かせてください。
今回、長いですよ。
っていうか私が話すと長いですよ(笑)
いや、知ってるで(笑)
ケイブに行く直前に、婦長からの不在着信があったことで、
かなり動揺して、恐れている自分がいました。
その自分が何でかを見つめてみたんですが、
まずは、”恐れ” そのものについて、一匹のハチで感じたんです。
へ~、ハチで・・
自分が ”恐れ” を感じても、ただやりすごせば何でもないのに、
わざわざ追うから、つかむから、恐いと感じてしまう。
過ぎたことなのにわざわざ思い出して、また同じようなことがあったら・・とか、
今ないものを自分からわざわざつかんで囚われるから、起こってないことまで恐れてしまう。
”恐れ” を、自ら ”わざわざ” つかんで囚われずに、
気づいて、ただ手放すだけでいいんですよね。
おっしゃる通りです。
そして私が恐れていたのは、周りからの評価を失うことだと感じました。
今の仕事の中で、信頼だとか評価だとかをきっと得られていました。
介護という仕事はもちろん好きですが、それを世間もいい仕事のように扱ってくれてて、
辞めるとそれらのものがなくなってしまうのが、恐いんだと思います。
仕事をしてないという状況も、なんか社会人としてダメなことに思えてたり、
それによりお金が得られないことも、不安だし。
とにかく、私は世間の評価だけで自分を保たせてたんだと感じました。
そんなものなくても、自分で自分を認められていれば、手放すことを恐れないんだろうし。
社会人とはこうあるべき、みたいな観念にも囚われていたようです。
でも、それらは元々は持ってなくって、生きている中でいつのまにか身に着けてしまったはずだから、
自分がもう手放したい脱ぎたいって思えば、それは難しくないんだって感じたんです。
だからもう、脱ぎます。
素晴らしいですね。
あと、職場で辛い仕打ちをしてくるにも関わらず、度々の電話でホンッとに嫌だった方が
なぜか思い浮かんで、
で、なぜそんなだったかわかった気がしたんです。
その方のおかげで、自分を見つめたり解放したりの今につながりました。
私はこの出逢いを恨んでいたんですが、そうではなく ”ギフト” だったんです。
それに私がいつまでも気づかないから、きっと電話が続いたんです。
気づきなさいって。
そう感じて、すごく感謝の気持ちが湧きあがって 涙があふれました。
その方に抱いていたマイナスの感情が、一瞬でスッとなくなって、
お詫びと感謝の気持ちがいっぱいになって、心が軽くなるのを感じました。
結局は、
”全てが神のギフト”
ってことなんだと思わせてもらいました。
パーフェクトですよ。
すみませんっ、もう一つ。
心を沿わせ、真っ直ぐに私の話を聴いてくれている女性(グル)の前では、
マジックで、口から国旗がつらつら溢れ出るかのように、ノンストップだ。
私はインド人が頭をひれふす行為をなんでだろうって思ってたんです。
でも(グルの)そうされる姿を見させてもらって、感じたんです。
対話と感謝のためだって。
きっと彼らは、自分が ”神によって在る” と信じてて、
だから、どんなこともダイレクトに神と対話して、いつも心からの感謝を伝えているんだと思うんです。
だから、いつも 感謝して ”今を生きる” ことにつながってるんだと思います。
なんか、たくさん感じさせてもらって、これで全部かどうかわからないくらいに・・・
ふふっ。
私には十分伝わってますよ。
幼い子どもが母親に、聞いて聞いてってまとわりついて喋りまくるような勢いの、
もうすぐ39歳の、私。
その笑顔が呼吸を整えてくれた。
少しやわらかな静けさのあと、女性(グル)はゆっくりと言った。
もうそれで、十分ですって、メッセージが伝わってきました。
それと、このあとの旅は、エンジョイしなさいって。
さっきも言いましたが、パーフェクトです。
素晴らしいです。
もう、もっとこうならないとなんて、思う必要はないです。
それは、欲張ることになりますから。
今すでに十分すぎるくらいです。さらに求めるのはエゴになりますから。
私 確かにいつも、まだダメだ、もっとこうだっとか思っちゃいがちです。
ありがとうございます。
あとはエンジョイしたらいいそうだから、楽しみましょう。
不思議な旅だ。
想像の限りを超えた経験ばかり。
いや、想像なんて、ちっぽけなもの。
本当の経験は、
未知を恐れず歩むもの。
それが、自分の道になるんだ。
また一歩、私の道へと ・ ・ ・