今日は(正確には昨日)やらかしてしまいました。

ATMに通帳一色を忘れるという大失態。

そのことに気づいた朝、その瞬間から地に足がつかない感覚で、胃もどーんと重いしお腹もさーさーって差し込むような状態でした((((;゚Д゚)))))))

とりあえずやるべきことをワナワナしながらこなしていき、空いた時間に忘れた場所に連絡したら

無事に届けられてました

* ゚ + 。・゚・。・ヽ(*´∀`)ノパァァァ

届けてくれた方、どうもありがとうございます。

あなた天国に行ける!


だがしかし、通帳取りに行って安心しても身体の感覚はずっと残っており

なんか今日はドッと疲れました。


地に足が着いてない状態でお金のやり取りしてたから、まさに地に足がつかない状況が引き寄せられてきましたわ。反省!


感じたくないイヤ~な感じも、変えようとするのではなく、その感じに寄り添ってあげるのが大事ですね。

あああ。ほんとによかった!!




本日もありがとうございました。



そんなの当たり前ですが、世の中ほんとに色んな人がいるもんだ。

最近とあるセラピーを受けたくて、それを提供している人にコンタクトを取った。

だけど、コンタクトを重ねるほど自分の中に違和感を感じて。

ただ私の感覚に合わなかっただけなのかもしれないけれど、セッションは会う前から、なんなら意識した時からとっくに始まってるんだと実感しました。


今日は少し長いですが、大好きなOSHOの言葉を引用させていただきます。



マッサージとは学び始めることは出来るが、決して学び終えることのない何かだ。

 

それは、何処までも続いていく………

経験は深まり、高まり続けていく。

 

それは、最も繊細なアート………技術の一つだ。

 

テクニックの成熟度が問題なのではない。それ以上に愛が問われる。

 

 

まずテクニックを学んでごらん。

 

学び終えたなら、テクニックを忘れ去ってしまいなさい。

 

そして、ただ感じ、感じるままに動いてごらん。

 

マッサージを深く学んでいけば、その90%のワークは、愛によって為され、10%はテクニックによって為される。

 

ただ触れること、愛を込めて触れることで、身体の中の何かがくつろぐ。

 

 

その人を愛し、慈悲を感じるならば………

相手の究極の価値を感じるのなら………

 

その人を正さなくてはならない機械のように扱うのではなく、とてつもなく価値のあるエネルギーとして扱うならば………

 

その人があなたを信頼してくれ、自身のエネルギーと戯れるのを許してくれたことに感謝の念を覚えるならば………

 

あなたは、次第にオルガンを奏でているかのように、感じられるようになる。

 

その人の身体全体がオルガンの鍵盤となり、その身体の中にハーモニーが築かれていくのを、あなたは感じるだろう。

 

そして、その人ばかりが癒されるのではない。

 

………あなたも、また癒されるのだ。

 

 

 

マッサージは、この世に必要とされている。

 

というのも、この世から愛が消えてしまったからだ。かつては愛する人が、触れるだけで充分だった。

 

母親は子供に触れ、その身体と戯れた、それはマッサージだった。

夫は妻の身体と戯れた、それはマッサージだった。

 

それだけで充分以上だった。そこには、心からのくつろぎと愛があった。

 

しかしこうしたものは、この世から消えてしまった。

 

次第に何処に触れたら良いのか、どう触れたら、どのくらいの強さで触れたら良いのか………

 

人は忘れてしまった。

 

 

事実、触れることは、最も忘れられてしまった<言語>の一つだ。触れることは、ぎこちないものになってしまった。

 

何故なら、いわゆる宗教家によって、正にその言葉自体が汚されてしまったからだ。

 

彼らは「触れる」という言葉に、性的な色合いをもたせた。その言葉は性的なものになってしまった。

 

 

こうして、人々は<触れられること>を恐れるようになった。誰もが許可することなしに、誰からも触れられることのないように、注意している。

 

そして今や西洋では、これと対極をなすものごとが起きている。「触れること」やマッサージが、セックスそのものになってしまったのだ。

 

今やマッサージは、セックスを覆う単なる表紙、包みになってしまった。だが、実際には「触れること」やマッサージは性的なものなどではない。

 

それは愛の機能だ。

 

愛がその高みから落ちてしまえば、それはセックスになり醜悪なものになってしまう。だからこそ、祈りに満ちていなければならないのだ。

 

 

人の身体に触れる時には、あたかも神その人自身が目の前に横たわっていて、あなたは神に仕えているかのように、祈りに満ちていなければならない。

  

全てのエネルギーと共に流れてごらん。

 

そして身体が流れ、漂い、エネルギーが新たなハーモニーを築くのを目の当たりにすれば、今までに感じたこともない程の喜びが感じられるだろう………

 

あなたは、深い瞑想の内へ落ちていく。

 

マッサージをしている時は、マッサージだけすること。

 

………他のことを考えてはいけない、それは邪魔になる。

 

指や手の内に、あなたの全存在、魂が存在するかのように「ありなさい」。

  

マッサージを単なる身体に「触れること」にしては駄目だ。魂の全てが相手の身体の中に入り、貫くことで、深奥の「もつれ」が解放されるのだ。

 

そして何より「遊ぶ」ようにして行うことだ。仕事にしては駄目だ、ゲームのように楽しんでするのだ。

 

笑ってごらん、そして相手も笑わせてごらん。




変容ってほんとに愛の中でしか起こらないと感じています。


セッションギバーとしても、私自身としても、いつも愛を選択して生きたい。




Mariam

最近は、本当の自分はどんなことが好きなのか?とか、本当の自分は何を幸せだと感じるのか?とか。本当の自分ブームです。

成功って、お金がいくらあるとか、こんな車に乗ってて住んでるお家は豪邸でとか、なんか目に見えるものではかりがちであったけれど

もちろんそれらを手にしてる自分はすごくいい気分なのだけど、

人に認めてもらったり称賛を得たりするのが前提で、そこを追い求めてしまったら本当の自分じゃなくなっちゃうな!って。

仮に誰からも認められなかったとしても、本当の自分がそれを愛していて満足していれば、それが幸せなんですよね。


例え社会から浮いてしまっても、自分のリズムを大切にして生きたいなぁと思った今日でした。


本日もありがとうございました。



Mariam