「何に向き合ったのか、全然わからない。」

昨日の内容 について、友人から、もっともな、コメントをもらいました。
そこで、「向き合う価値」 ということについて、もう少し説明させてください。

今回の問題は、何人かが関わる事なので、シンプルに、1年前に起きた私の出来事を取り上げます。
(問題とすると、ネガティブだけが強調されそうなので、ここからは出来事とする)

出来事
ひじの内側に湿疹ができ、それが体に、どんどん広がった。

私にとって、この湿疹(出来事)は、もちろん無いほうが良いわけです。
なぜならば、かゆいし、見た目は悪いし、もっと広がっちゃうの?と心配だし、どうしよ~と不安。

「こんな湿疹(出来事)、早く解決したい!」・・・そこで、私が思いついた方法として、

     1.皮膚科に行き、お医者さんに、湿疹(出来事)を解決してもらう。
       具体的には、検査や薬の処方というところでしょうか。

     2.湿疹(出来事)は何を私に訴えたいのかな?ととらえ、私が私に向き合い解決する。
       具体的には、カラダの声を聴くというところでしょうか。
       (全然、具体的じゃないですね、この部分は、明日!)

1は通常の西洋医学的な感じで、 2は 代替医療 というところの発想になるかと思います。
この時、既にキネシオロジーを学んでいたので、2でやってみる事にしました。 (自分の選択)


「何に向き合ったのか」 ➡︎ 私が、私に向き合った。
私自身の中に、湿疹(出来事)を解決する答えはある、と感じたからです。
( 答えは既に自分の中にある ➡︎ この感覚、キネシオロジーの体験的学習で、腑におちた!)

「答えは既に自分の中にある」➡︎「 (自分に) 向き合う価値」 はある
(誤解されそうですが、私は病院にも行くし、特定の宗教にも所属してはいませんよ~)

「どのように向き合ったか」・・・それは、明日お伝えします。