日テレでやっていた「カメラはビルのなかにいた」は、
なんというか・・・すごかった。としか言いようがない。
あたしがああいう局限の環境におかれたことがないから、
ただただ固唾を飲んでテレビの前で固まって見ていただけ・・・。
NYの見習い消防士に密着していたカメラマン兄弟が、
偶然あの日のあのときにカメラを持ってあの場所に居たのだ。
突如マンハッタンに響いた轟音。
空を見上げるとそこには貿易センタービル。
そこにあったのは飛行機が突っ込むという信じられない光景。
消防士たちが貿易センタービルに集まる。
そして、2機目が衝突。
周囲に巻き散るビルの欠片。逃げ惑う人々。
それでも救出のためにビルの上層を目指す消防士たち。
カメラに収められたのはときどき起こる轟音。
消防士たちはその音がするたびにやりきれない色を隠せない。
それは、熱さに耐えかねて飛び降りた人々の、音、だったから・・・。
その音はやがてやみ、タワーは粉塵を巻き上げて崩れ落ちる。
あたりは破片と粉塵とで夜のような闇と静寂に包まれた。
そこにあったタワーが多くの人命とともに失ったものは大きい。
マンハッタンは象徴を失い、多くの人が家族や友人を失った。
様々な心的外傷にいまだに苦しんでいる人も多いと言う。
それでも少しずつ立ち直っている人々も多いという。
昼間見たTVで家族を失った子供が言っていた。
「いつまでもくよくよしてはいられない」
運命の飛行機に乗り合わせてしまった人々。
目的地とは違う摩天楼を目前にして何を思っただろう。
一方でペンシルバニア地方に墜落したユナイテッド93便。
唯一、途上での死者、負傷者を出さなかったのは、
その便の乗客たちが機内でNYでの事件を知って、
これ以上の被害を増やさまいと団結して、
テロリストに立ち向かったせいかもしれない。
この機内の再現フィルムには泣いてしまいました・・・。
死を覚悟した人間はあんなにも強くなれるものなのか。
グラウンドゼロ、が生まれたあの日から1年。
追悼式典を見ながら思うのは、これはアメリカにとっては
「リメンバーパールハーバー」と変わりがないということ。
この「1年」という時期に乗じて国民の愛国心をあおり、
イラクに対する戦争の正当性を手に入れようとしている。
1年前の今日の日記にやっぱりこの事件のことを書いた。
やはり今でもどんなに立派な主義を掲げていたとしても、
テロは許されない。そして無差別なことが許せない。
戦争はしたい人だけが戦場でやってくれればいい。
ぶっちゃけ、巻き込まないでほしい。
・・・なんだか思ったことを書き散らかしただけの今日の日記。
あんまり気になさらず、スルー読みしてください・・・。