グラウンドゼロからの脱出 | サマンサの萌える毎日の記録

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2018年もよろしくお願いします!!



日テレでやっていた「カメラはビルのなかにいた」は、

なんというか・・・すごかった。としか言いようがない。

あたしがああいう局限の環境におかれたことがないから、

ただただ固唾を飲んでテレビの前で固まって見ていただけ・・・。



NYの見習い消防士に密着していたカメラマン兄弟が、

偶然あの日のあのときにカメラを持ってあの場所に居たのだ。

突如マンハッタンに響いた轟音。

空を見上げるとそこには貿易センタービル。

そこにあったのは飛行機が突っ込むという信じられない光景。

消防士たちが貿易センタービルに集まる。

そして、2機目が衝突。

周囲に巻き散るビルの欠片。逃げ惑う人々。

それでも救出のためにビルの上層を目指す消防士たち。

カメラに収められたのはときどき起こる轟音。

消防士たちはその音がするたびにやりきれない色を隠せない。

それは、熱さに耐えかねて飛び降りた人々の、音、だったから・・・。

その音はやがてやみ、タワーは粉塵を巻き上げて崩れ落ちる。

あたりは破片と粉塵とで夜のような闇と静寂に包まれた。



そこにあったタワーが多くの人命とともに失ったものは大きい。

マンハッタンは象徴を失い、多くの人が家族や友人を失った。

様々な心的外傷にいまだに苦しんでいる人も多いと言う。

それでも少しずつ立ち直っている人々も多いという。

昼間見たTVで家族を失った子供が言っていた。

「いつまでもくよくよしてはいられない」



運命の飛行機に乗り合わせてしまった人々。

目的地とは違う摩天楼を目前にして何を思っただろう。

一方でペンシルバニア地方に墜落したユナイテッド93便。

唯一、途上での死者、負傷者を出さなかったのは、

その便の乗客たちが機内でNYでの事件を知って、

これ以上の被害を増やさまいと団結して、

テロリストに立ち向かったせいかもしれない。



この機内の再現フィルムには泣いてしまいました・・・。

死を覚悟した人間はあんなにも強くなれるものなのか。





グラウンドゼロ、が生まれたあの日から1年。

追悼式典を見ながら思うのは、これはアメリカにとっては

「リメンバーパールハーバー」と変わりがないということ。

この「1年」という時期に乗じて国民の愛国心をあおり、

イラクに対する戦争の正当性を手に入れようとしている。



1年前の今日の日記にやっぱりこの事件のことを書いた。



やはり今でもどんなに立派な主義を掲げていたとしても、

テロは許されない。そして無差別なことが許せない。

戦争はしたい人だけが戦場でやってくれればいい。

ぶっちゃけ、巻き込まないでほしい。



・・・なんだか思ったことを書き散らかしただけの今日の日記。

あんまり気になさらず、スルー読みしてください・・・。