戦争の歴史。 | サマンサの萌える毎日の記録

サマンサの萌える毎日の記録

2018年もよろしくお願いします!!



先日の続きで「靖国神社参拝」について語ってみましょう。

(あんまり面白くないと思うので飛ばしてもよかですよ・・・)



明日15日は「終戦記念日」ですから。

とはいっても、戦争に実際に触れた人は少しづついなくなって、

近い未来には単なる教科書や歴史年表の1項目になるかもしれません。

それでなくても、近現代の歴史ってのは、学校教育の中でも

飛ばされがちだったり、いいかげんに流されがちだったり・・・。

本当はそれじゃダメなんですけどね。

いつから歴史は「年号を覚える科目」になってしまったのか。

そういうものじゃないんです。細かい年号なんて知らなくてもいいんです。

本当の歴史って「その国のたどってきた道を知ること」なんだから。

・・・いつから歴史は難しい科目になってしまったのかしらね。



アタシは個人的に「首相靖国参拝」は問題ナッスィングだと思っています。

それは、小泉首相が祈りを捧げたいと思っている対象がなんなのか分かるから。

A級戦犯だけではなく、時代の流れに逆らえず国のために命を落とした

学徒だとか特攻隊員だとか、他国で命を落とし日本の土に還れなかった兵隊だとか

そういうものだってことが分かるからです。

その心を批判なんて出来ません。

そしてもうひとつは、あれが「戦争」だったからです。



「戦争」にだって「暗黙の了解」的な国際的ルールがあります。

そして、あの頃の日本は無知ゆえのなせる技か、確信犯的なものだったか、

その国際的ルールを守らずに戦争をやっていた感はあります。

だからこそ、いまだにアジア諸国から批判されているわけですが、

日本が「戦争」への道を突き進んだのはそういう状況になるべくしてなったもの、

そして「戦争」という大義名分の元では人を殺しても罪には問われなかった。

・・・残念ながら「戦争」ってそういうものです。

「私の親類は日本人に殺された!」と言っていた若い韓国人と、

「ウチのじいちゃんだって沖縄で戦死したさ」と思うアタシと、

これじゃ不幸自慢じゃないか?と思うわけで・・・だって「戦争」だったから。

時代が「帝国主義」へと動いていた、それで「戦争」になった。

歴史的にはこれは逆らえない流れだったんですよね・・・。

これは、自分が過去の戦争について勉強してたどりついた結果でもあります。



・・・ちょっと熱く長々と語ってしまいましたが、

アタシたちはやっぱり忘れてはいけないことだと思うし、

たとえ歴史に興味がなくても(ホントはよくない・笑)、

せめて戦争があったことだけは覚えておいてほしいと思って書きました。