死が隣にあるということ。 | サマンサの萌える毎日の記録

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2018年もよろしくお願いします!!

本日のメモライズのテーマは「死に方」でした。

ということで、ちょっと内容がハードでダークです。

スミマセン。(先に謝っておきましょう)



アタシは、この年にしてはかなり「葬式」の経験が多いです。

実家の近くに親戚が多く、さらに高齢の方が多かったことも有りますが、

「参列」のみならず、葬式を出す方、つまり身内のものが多かったんですね。

おかげで、葬式のマナーやら手順やらなんやらには異常に詳しくて、

受付なんぞは何度もやりましたし、参列者が火葬場に行っているときに

留守番役もやりました(・・・微妙ですがいろいろと面倒な係です)。

身内の葬式のときは「御霊前」の管理もしたりしていました・・・。

ある、父が喪主だった葬式のときにはいろいろバタバタと忙しい父に代わって、

最後に読む「喪主のご挨拶文」を作成したこともあります(←マジです)。

とはいえ、葬式なんて回数を重ねても嬉しいものではないんですが、

ただひとつ、参列できなかったことをいまだに後悔している葬式があるんです。



アタシより3つ年上の従兄弟が5年ほど前に亡くなりました。

彼は幼い頃から「筋ジストロフィー」という筋肉の病気に冒されていました。

「筋ジス」は3歳前後の男子にのみ発病する原因不明の病気で、

現代でも治療法はなく、筋肉が衰えやがて死に至る不治の病・・・です。

彼も、医者に「おそらく20歳までは生きられない」と宣告されていましたが、

それでも彼は病気と向き合う生活の中で、絵を描いたり、詩を書いたり、

バンドを組んでコンサートをやったり、出来る範囲でいろいろやってました。

アタシが物心付いたときから、彼は車椅子の生活を送っていましたが、

年をとるにつれて病気は進行し、やがて車椅子を自分で動かすことも出来なくなり、

来るべきときが来て、亡くなりました。20歳はとうに越えていました。

アタシは、そのとき自分の都合でどうしても実家に帰ることが出来ず、

彼の葬式に参列することが出来ませんでした。そのことを今でも後悔しています。



彼が限られた人生をどう思ってどう生きたか、なんて結局は本人にしか分からないもので、

今となっては彼の残した作品だとか伯母や伯父の口から語られるものでしか知ることは出来ません。

彼自身ともっと話をしておけばよかったとか、それもあるのですが、

ただただ、彼の最期の顔が見れなかったことがアタシの心残りなんです。

最期に彼の顔を見てきちんとお別れがしたかったなぁと今でも思っています。



アタシは実は葬式が嫌いではありません。

宗教なんて形式なんてどうでもいい、とは常々思っているんですが、

最期にいろいろな人に見送られて・・・っていうのは嫌いじゃないんです。

故人との最期のお別れに集まってくれたり、葬式を手伝ってくれたり、

そういう人たちがいてくれるってことは幸せなことだなぁと思うわけです。

身内のお通夜も嫌いじゃありません。

滅多に会えない人々が集まって、夜中ずっと懐かしい話をするの。

もちろん、故人についてのね。悲しいだけじゃないそんな雰囲気も悪くないです。

・・・こっちはむしろ好きかもしれません(笑)。



てことで、久々に長々と語らせていただきました。

従兄弟のことはたぶん一生忘れられないことなので・・・。

こんな暗く長い日記を読んでくれて感謝します。どうもありがとう。