今日見た「しゃべり場」のオトナ的感想(道場破りでも可w)などを。
「スタンダード英会話」の流れで久々に「しゃべり場」を見た(笑)。
驚いたのはジュンスカじゃないMY GENERATIONがかかったこと。
イントロだけですぐ分かったよ。ジュンスカはあたしの青春だったんだもん(w
・・・これだけでトシがバレそうな悪寒だけどさ。好きだったんだよ。
175Rの皆さんもジュンスカ好きだったのかしら・・・・・・。
本日のテーマは「クラスでのグループはいらない」だったんだけど、
アレですね。昨今の教室事情を垣間見てちょっとビビったよ。
「グループをなくしてグループ以外の人とも仲良くしよう」
「ひとりになるのが怖くて無理してグループにいた」
「でも合わない人とムリに仲良くしようとするのは苦痛だ」
「そんな広く浅いつきあいで親友は出来るの?」
「親友の定義って」
「イジられることを前向きに取れれば」
「でもグループって今しか出来ないものだから」
・・・要約してしまうとそんなカンジになっちゃうんだけどさ。
なにやらイマドキの教室では派閥が出来て、一見仲良さ気な雰囲気の中で、
実はグループ同士、もしくはグループ内の冷たい闘争が日々繰り広げられてる模様。
うーん、あえて自分の話をする。
グループは別にあってもいいんじゃないかなと思った。
中学時代ね、実はうまくグループというものに溶け込めなかった。
ていうか教室の中に溶け込めるグループがなかった。
だったら、と思って休み時間のたびにいろんなヒトとしゃべったり、
教室移動もいつも違うヒトとだったり、とにかくもうこだわらないようにしたのよ。
そのグループというものにね。幸いイジメに合うようなタイプではなかったので。
高校時代もそうだった。ふらふらといろんなグループに混じったり離れたり。
話の合うコ、趣味の合うコ、話してて楽しいコ、優しいコ、尊敬してたコ。
いろんな人間がいるんだから、いろんなつきあいがあってもいいんじゃないって。
お昼休みに一緒だったグループがあったけど、あたしは食べ終わったらすぐ隣のクラスに遊びに行ってた。
大好きだった音楽の話は違う高校に行った中学時代の友達と毎日夜中まで電話で話してた。
フロアも違う別のクラスのオタク友達とは毎日マンガを交換して貸し借りしてた。
通学は違うクラスの中学時代の近所からの友達と一緒に3年間ずっと。
学校帰りのカラオケは帰る方向が同じの別のグループの友達と。
いろんな友達がいたよ。でも今もコンスタントに続いている友達はいない。
地元を後にしているんだからある意味それは必然ではあるんだけど寂しいとは思わない。
だって今もちゃんと、この場所でステキな友達がたくさんいるからね。
でもあたしと同じようには出来ない人がいることを忘れてはいけないわけで。
たとえば今日も出てたけどいじられキャラ。
それを「オイシイ」と思えるヒトとそうではないヒトがいる。
オイシイとは思えずそれが苦痛なのならば、それはいじりじゃなくてイジメだ。
「みんなと仲良く」なんていう広く浅いつきあいじゃ親友が出来ないとか言ってたけど、
あたしはいまだに親友ってなんなのかわかんない。
親友と友達の境界線ってなんなんだ。境界引かなきゃいけないのか。
むしろ「親友」っていう言葉にとらわれすぎて、
広くつきあうことを避けてる・・・ような気さえする。
提案者の男の子のようにグループをなくせとまでは言わないけど、
みんなもっといろんな人と話をしようと言う意見には賛成。
広く浅くつきあってみるのも自分の糧になるよ。
なんだかまとまってなくてアレだけど「しゃべり場」もいつもまとまってないし(w
彼らの社会では、これこそがいま直面している深刻な問題なんだから、
結論なんか出なくても大いに話し合えばそれでよし。がんがれ10代。