大東亜戦争覚書 | サマンサの萌える毎日の記録

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2018年もよろしくお願いします!!

先日、会社の同僚が会話の中で「でも日本は戦争で酷いことをしたから中国や韓国に嫌われても仕方ないよね~」と発言。前後の知識がまったくない、あまりの歴史認識の薄さにびっくり。いろいろ説明したかったんだけど長くなりそうだったので「戦争とはそういうものだよ」などとガンダムの中のセリフのような言葉で終わらせてしまった・・・・・・。のでちょっと自分的覚書で今度はきちんと説明できるようにしておきたいです。

読むと疲れるのでスルー推奨。

1941年、第二次世界大戦中の西太平洋地域における戦争、大東亜戦争(太平洋戦争)と呼ばれる戦争の開戦以前、日本は1937年から中華民国と日中戦争(支那事変)を行っていた。日本軍が中華民国の占領を進め、また、パネー号事件等の日本軍によるアメリカの在中国権益侵害事件が発生するに従い、中華民国の権益に関心があったアメリカでは対日経済制裁論が台頭してきた。そして近衛内閣が1938年に発表した東亜新秩序声明にアメリカは態度を硬化させ、1939年に日米通商航海条約の廃棄を通告した。1940年1月に条約は失効し、アメリカは屑鉄、航空機用燃料などの輸出に制限を加えた。アメリカの輸出制限措置により日本は航空機用燃料や屑鉄など戦争に必要不可欠な物資が入らなくなった。アメリカの資源に頼って戦争を遂行していたため、その供給停止による経済的圧迫は地下資源に乏しい日本は苦境に陥った。

1940年9月、イギリス・アメリカなどが中国国民党政権に物資を補給するルート(俗に言う援蒋ルート。日中戦争において大日本帝国の侵略に対し対決姿勢を強めていた中華民国(国民政府)を主にアメリカ、イギリス、ソ連が軍事援助するための輸送路である。名前の由来は蒋介石を援助するためのルート)を遮断するために、日本は仏領インドシナ北部へ進駐した(北部仏印進駐)。さらに同月ドイツとの間で日独防共協定を引き継ぐ日独伊三国軍事同盟を締結した。この同盟によりアメリカは日本を敵国とみなし、北部仏印進駐に対する制裁と、中華民国領への侵出など日本の拡大政策を牽制するために、アメリカは屑鉄と鋼鉄の対日輸出を禁止した。その一方で、日本は蘭印と石油などの資源買い付け交渉を行っており、交渉は一時成立したにもかかわらず、その後蘭印の供給量が日本の要求量に不足しているとして、日本は1941年6月に交渉を打ち切った。

1941年7月には、石油などの資源獲得を目的とした南方進出用の基地を設置するために、日本は仏領インドシナ南部にも進駐した(南部仏印進駐)。これに対する制裁のため、アメリカは対日資産の凍結と石油輸出の全面禁止、イギリスは対日資産の凍結と日英通商航海条約等の廃棄、蘭印は対日資産の凍結と日蘭民間石油協定の停止をそれぞれ決定した。日本は石油の約8割をアメリカから輸入していたため、このうちのアメリカの石油輸出全面禁止が深刻となり、日本国内での石油貯蓄分も平時で3年弱、戦時で1年半といわれ、早期に開戦しないとこのままではジリ貧になると陸軍を中心に強硬論が台頭し始める事となった。これらの対日経済制裁の影響について、ウィンストン・チャーチルは「日本は絶対に必要な石油供給を一気に断たれることになった」と論評している。

1941年9月、日本は御前会議で戦争の準備をしつつ交渉を続けることを決定し、11月に、甲案、乙案と呼ばれる妥協案を示して経済制裁の解除を求め、アメリカと交渉を続けた。しかしアメリカは、イギリスや中国の要請(大西洋憲章)により、中国大陸からの日本軍の撤退や日独伊三国軍事同盟の破棄、国民党政府以外の否認などを要求したハル・ノートを提出。これは、暫定かつ無拘束と前置きはしてあるものの、日本側が最終提案と考えていた乙案の受諾不可を通知するものであり、交渉の進展が期待できない内容であると判断した日本政府は、交渉の継続を断念した。なお、日本側が乙案を最終提案と考えており、交渉終了の目安を11月末程度と考えていたことは、暗号解読と交渉の経過により、米国側にも知られていた。


・・・・日本は「ハル・ノート」をアメリカ側の最終通告と受け取り、そして真珠湾へとつながっていくわけなんですが、日中戦争をやっている最中に、さらにアメリカ、イギリス、オランダを相手に戦争をおっぱじめようとしたんだから、かなりクレイジーだったとしか思えないんですが、そこは引き下がれない体質だったんですよね・・・当時の日本って。「もしかしたらなんとかいけるかも」なんて希望的観測で戦争するなんてどうかとも思いますけどねー。

でもあの時代はそうせざるを得なかったというか・・・帝国主義全盛期、強い国が弱い国に資源を求めて進駐するのは当たり前の時代だったから、日本も米英仏蘭に倣ってそれをしたら叩かれたってなもんで。ハル・ノートには日本が頑張って攻略した地域を全部手放せという内容が盛り込まれていて、日本にしてみれば絶望的な内容だったわけです。日本が戦争中に中国や韓国で行った所業がうんぬん言われてもいますけど、どの時代も戦争というものはそういうものですしね・・・・・・。

先日、「ヒトラー~最後の12日間~」をテレビでやっていたのですが、軍人も市民も、とにかくおかしいんですよ。ナチスに傾倒しすぎておかしい人々はともかく、市民同士で粛清しあったり、とにかく普通じゃない。でも当時の日本だって変わりないわけです。平和や戦争反対を訴えれば、たちまち「共産主義者だ!」とばかりに特高警察(国内の治安維持を名目に組織された部隊)に捕まっちゃってたわけですから・・・・・・。

理想のために、とか国のために命を落とすことが美徳とされていた時代、本当のところはみんな生きたかっただろうとは思います。日本に限らずどの国の人も。