エリザベートからいろいろ勉強したこと・覚書 | サマンサの萌える毎日の記録

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2018年もよろしくお願いします!!

エリザベートはストーリー、歌、音楽の素晴らしさは言わずもがなですが、

ストーリーに織り込まれる歴史的事実の部分も私が食いつくもうひとつの理由。


歌やセリフをきちんと聞いていると、そこかしこに歴史が散りばめられているのです。


ということで、自己満足の覚書なので読まなくても良いですww




皇帝の執務室で軍人と役人が歌います。


「わが国はロシアにつくべきです ロシアは 革命抑えてくれた
借りを返すチャンス そのついでに トルコの一部を わが領土に」

「イギリスが黙って 見過ごす筈はない 同盟は難しい」

この「革命」というのは、ハンガリーで起こった独立運動のことだと思います。
ちょうど1848年パリの二月革命が起こった頃で、
それに呼応して各地で独立運動が起こったんですが、そのうちのひとつ。
そのハンガリーの独立運動にロシアが介入して鎮圧されました。
(もちろんロシアの南下政策のひとつ。いつだって領土を狙っていますよ)

衰退するオスマン・トルコの領土を狙っていたロシアは戦争を起こします。
建前は、トルコ領内のロシア正教信者保護のため。
しかし、南下政策を阻止したいイギリスとフランスがここに介入。
トルコの領土保全のために、ロシアを迎え撃ちます。
これがクリミア戦争といわれているものです。

しかし、結局イギリスを敵に回したくないオーストリアはこの戦争には参加せず、
中立の立場から、後の和平交渉の旗振り役となりました。
ちなみにロシアに恩を返さなかったのでロシアとの関係は悪化しました・・・。


「戦争など余所の国に任せておけばよいのです!幸運なオーストリーは結婚を・・・!」


これは、皇太后ゾフィーのセリフ。


その後のフランツのお見合い場面のことだと思っている人も多いでしょうが、

もともと結婚によって他国との関係を深めてきたハプスブルク家。

それによってヨーロッパにはハプスブルク家から何人もの君主が生まれました。


「戦争は他家に任せておけ。幸いなオーストリアよ、汝は結婚せよ」


これは、戦争ではなく婚姻によって領土を拡張してきたことを表す言葉なのです。




「エリーザベート 開けてくれ 君が恋しい 側にいたい
今日も問題ばかり フランスとの外交
財政は破綻したまま 戦争は続いてる 革命の処理 チフスの流行
君の優しさで 僕を包んで欲しい 安らかに眠りたい せめて今宵だけは」

フランツがエリザベートの居室を訪ねて閉じられたドアの前で歌います。

皇帝は大変ですね・・・・・・・。


ハプスブルク家の財政破綻はもう以前から続いていたのですが、

とにかく無駄に戦争ばかりをしていました。そのせいです。

イタリア統一戦争、普墺戦争、等々・・・・・・。


フランスのナポレオン3世がイタリア統一戦争に介入して、

オーストリアは領土の一部を割譲、イタリアは統一されました。

メキシコ干渉ではフランス軍がフランツの弟・マクシミリアンを見捨て、

結局、銃殺刑にされたり、ナポレオン3世はろくでもなかったです。ほんと。

チフスはなぜか戦争になると流行りだすので、

当時も流行っていたんでしょうね・・・。


そりゃフランツも疲れるわ・・・・・・。



「殿下 ドイツは狙ってる そうだ 帝国の分裂を
分裂 その前に新しい 連邦 連邦
新しい ドナウ連邦 組み直そう(ドナウ連邦)
帝国政府を倒す時だ(帝国政府)
今なら救える ハプスブルク おまえが自ら 導くのだ」


・・・と皇太子ルドルフが革命家たちに扇動されます。


「ドナウ連邦」は先のハンガリー独立運動の指導者・ラヨシュが提唱し、
ハンガリーを独立させ、他の民族たちと組んで連邦化しようとしたものです。
産業革命以後、急速に広まった植民地主義政策で、
多民族国家だったオーストリアもその対象となって狙われていたのは事実。
ルドルフなりに周辺の国から国を守ろうとしていたんですよね。
ちなみに「ドイツ」はちょうどプロイセンからドイツに変わった頃です。
もちろんオーストリアを狙っていましたwww


そんなとこかな。

その後、ルドルフが有名なマイヤーリンクでピストル自殺を遂げ、
(カトリックは自殺を禁じているので暗殺されたとされているわけですが)
皇位継承者のフランツ・フェルディナントは夫妻で暗殺され(サラエボ事件)
オーストリアはセルビアに宣戦布告して、第一次世界大戦突入。
戦争中にフランツ・ヨーゼフが亡くなって、オーストリアは敗戦し、
オーストリア帝国は滅亡、ハプスブルク家は覇権を失ったわけです・・・。


いやー、自己満足した。