孫達は、くら寿司に行くと、お水を飲む。

そして、食事中お水を飲み干したら、孫は席から立ち(走って)コップに注ぎ足しに行く。





お水注ぎ足しに行った孫が、太いストローをいっぱい、嬉しそうに持って戻って来る。
「持って帰る」と言う。

ママの心中も私も同じ。
(なんでー?やめてー)

おうちで、二人きりの時に、何で?って聞いてみたら。
「これで飲むの」ですって。
そうか〜、そうやね😂



大人の感覚で、ごみになるだけやからやめときなさい、は、言わない方がいいのかもしれない、と思った。
 


子どもは、きっと楽しいんやね、くら寿司。
(あの、しょーむない)ビッくらポンのケースも、最近は持って帰らなくなってやれやれやけど。


食べたお皿は、いちいち片付けずに、積んでく。(凄い枚数!) 
孫達それぞれが最後に、あのお皿の流し口に一枚づつ入れて、自分が食べた枚数を競う。
そうすると、ビッくらポンが何回できたかの勝ち負けで、ヤッホーとか言ってそれも喜んでる。
ビッくらポンの当たりは、5回に1回、おまけが出てくるんだってことを、ばあばは知りました😅


「あとお皿が、もう2枚あったら、私ビッくらポンがもう一回できる!」
とか。
「お姉ちゃんばっかり何回もずるい😭私も!」(目に涙ためながら言うんだよ)
とか。
ヒートアップもする。


じゃあ、ビッくらポンの為に、じいじばあば&ママは助太刀仕り候、になったりもする。



うちの孫達は、この「くら寿司の楽しみ方パターン」で、充分喜ばせてもろてる。
5人で一万円いかないのも!凄い。


くら寿司さんの、ビッくらポン考えた人やら漫画考えた人、凄いなぁ。
くら寿司さん、ありがとう🙏♥️



いつもくら寿司来たら、飽きずにやってる。
お姉ちゃん⋯⋯⋯
中二やねんけど😅💦




改めて、子どもは遊びの天才で、喜びを生み出す天才やなぁ、とも思った。

幸せの定義って、何なのかは人それぞれやから、哲学やん、て言われたらそれまでですけど。

めっちゃ庶民のこんな私の小さな幸せの瞬間を。
噛み締めさせて貰う。


その命の鎖が繋がれている元の鎖の輪には、あちらのご両親もいらっしゃる。


想像もつかない、数多のご先祖さまの生命の繋がりがあったんやろうとも思う。


これを、総じて「平凡」と言ってしまえば、4個のひらがなで終わってしまう。
しかし、なんとキラキラ✨️💖🪩🙏♥️な4個のひらがななんだろう、って幸せの感情で思う。


あちらのご両親が、どうたらこうたら、って。
娘の愚痴りんピックの時に、どの生命が欠けても、二人の子ども達の存在が現実になることはないのよ、って、自分にも言い聞かせながら、言う。

感情は、厄介なものにもなる。