「この味がいいね」と君が言ったから
七月六日はサラダ記念日(『サラダ記念日』)俵 万智
そういう俵万智さんの歌があったが、
私は勘違いして「この味が好きと 君が言ったから」
だと思い込んでいた。
アヂスキタカヒコネ という神様が居らして、
私はすぐに俵万智さんのこの歌を連想してしまった。
「アヂ」は美味しいという意味で、
鋤は農耕神であり穀物神であり、そして雷の神である。
穀物と稲妻。お料理と恋。
なんだか似ていなくもも無いと思った。
たしかドッペルゲンガーを調べている時に
偶然「阿遅須枳高日子」と出会ってしまい
惹きつけられた。
何故だかわからなかったが、調べて行ったら
塩竃神社の元々のご祭神で
迦毛大御神(賀茂のおおかみ)と言われている。
という事がわかった。
「塩梅が良い」というのも 塩味がほどよく
美味しいという事ですものね(^^♪
アメノワカヒコと瓜二つだった事から
穀物が繁りと枯れて行って、また春に再生する
事を暗示していると言う話もある。
チベット仏教でダライラマがパンチェンラマを指名の
啓示を受け、またそのパンチェンラマが
次のダライラマを確定する啓示を受けて
繰り返し受け継がれる伝統とも、
何か通じるものを感じます。
天御梶日女(あめのみかじひめ)と
結ばれて雨の神・多伎都比古(たきつひこ)を
もうけている。
元々、賀茂氏が祀っていた塩竃神社は、
藤原氏に乗っ取られた感がある。
鉄が農耕具から武器に転じた時代の流れ
なのだろうか?
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千葉県のうちからそう遠くない場所にも、
塩竃神社があるのだけれど、
そこに関して言えば 多氏の末裔が祭祀している。
もっとも麻賀多神社が多氏の先祖である
伊都許利命を祀っているので、多氏が
有力なのは仕方がない。
麻賀多神社は平将門側についた為に、国から社格を
剥奪された経緯がある神社だが、
面白い事に麻賀多神社には昭和天皇がお隠れになる
二年前に行幸なさっていらっしゃる。
天皇家と伊都許利命との関係には
なんら問題はなかったということなのだろうか?
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塩竃神社のご祭神は鹽土老翁神、武甕槌神、經津主神は、
江戸時代に変えられたようで、それまでは
味耜高彦根命だったそうだが、
讃岐国阿野郡の塩竃神社や山形の秋葉神社系統など
では今でもかなり味耜高彦根命のご祭神が
残っているようだ。
塩竃神社の祭礼にある嘉津良比祭(かつらひ)は
葛を連想し、鴨につながる。
私はその果に女媧さまや葛天氏までも妄想してしまう。
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宮城県に行った友人が、
伊豆佐比売神社はご祭神は溝咋姫で、
塩竈神社の末社で謎だったと書いたブログを
あげていたが、イズサメだと言うのも
雨とも関連するのでしょうね。
賀茂との繋がりでビンゴだと思いました♪
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神社を巡る時に、もっと前はどういうご祭神だったかを
考えると面白いですね。
塩竃神社に私がいったのは、2011年10月でしたが・・・
塩竈神社の式内社。
志波彦神社(しわひこじんじゃ)が、たしか水と関係した
土地の古い神だったような気がしました。
通称、冠川明神、志波道上宮。
あるいはそれも賀茂氏の残した痕跡なのかも
しれないと、今は思えもします。
今年は春から葵祭りに行かれた事で、
賀茂関係の事がいろいろわかった年となり
妄想も多かったですが、
最後は約一年前の塩竃神社詣でに繋がりました。
また、忘れっぽいので書き留めておくことに
いたします。