[優しくて孤独な人達]2023.4.16『coco箱』#57レポート | 夢を叶える箱庭の魔法

夢を叶える箱庭の魔法

私の日常を綴りながら、箱庭の魅力をお伝えします。
箱庭を知ることで、ものの見方が変わります。
このブログを見てくれた方たちの毎日の生活が生き生きとし、箱庭によって人生が素晴らしいものになることを感じてもらいたいです。


今回の参加者さんからの質問で「自分の家から持ってきた玩具を置いてもいいでしょうか」というものがありました。

これは、例えて言うなら箱庭で持ち寄りパーティーをするような感覚なのかなと思います。
レストランやバーなら持ち込み飲食をするような感覚でしょうか?
だから店側のルールに基づいてそれをやればいいのと同じと思います。

個人の所有物はなんらかの思い入れがあると思うので、それよりも、なぜそれを置きたいと思ったのかを考えてみるといいかもしれませんね。

私が考えたことは、自分が楽しいと思った場所には自分の大切な人を連れて行きたいと思うのと気持ちが似ているのではないかな、ということです。

色々な気持ちが人と場所を繋げ、関係を作っていくのだなあと思います。







人と場所を繋げる役目をするものといえば乗り物です。色々な乗り物がありますが、私は船や飛行機は遠くへ行く非日常のイメージが、電車とバスは日常のイメージがあります。
高速バスや新幹線は少しだけ遠くへ行くような、中間のイメージです。

そして、今回の箱庭に登場した夜汽車というのはとてもロマンチックなイメージがあります。
私は、宮沢賢治の銀河鉄道の夜を思い出します。
少年たちの友情、死者への尊敬、生きるということの意味。
出会いと別れを繰り返して人は成長しているように、宇宙もまた破壊と再生を繰り返して広がり続けているのだと思います。

再生という言葉は、復活とも言いかえられると思います。復活とは生まれ変わりです。私は生きるという意味を考えた時、もしかしたら過去に成し遂げられなかった何かを達成するために生まれ変わったのかもしれないと考えたことがあります。

過去を後悔する時というのはどんな時でしょうか?やりたいことをやらなかった時でしょうか?
やりたいことは人それぞれあると思います。ただ、自分は何がやりたいのかは、生きれば生きるほど本当にわからないものです。過去を振り返り後悔した時、初めてそれはわかるのだと私は思います。

人生で何に挑戦するのかは、自分で決めるのではなく、本当は自分では決められないのだと気づくことだと思います。
それに気づいて絶望した時、気づくのが遅すぎたとあきらめるのか、絶望から立ち上がってゼロからスタートするのか、どちらの行動を取るのかを決めるのだと思います。
だからまずは、気づくことです。

私は過去の自分の後悔になかなか気づくことができませんでした。自分はやれることは全てやってきたと信じて疑わなかったからです。それは確かにそうでした、でもそうした自分の心が傲慢に変わっていることに気づきませんでした。私が過去に後悔していたことは、人に優しくできなかったことでした。それに気づいたときに優しさを失った自分を取り戻す挑戦を受入れて、そのために動こうと決めました。

私はなぜ、自分は人に優しくしたいと思ったのかを問いつづけました。それは、人は弱いものだと知ったからでした。それよりもむしろ、知っていたのを思い出したからでした。私が優しくしたいと思ったこの、『人』という生命は、「弱いんだ」と、気づいたのでした。

それは、「強がっても仕方がない」という気づきでもありました。だからといって弱くても良いとは、私は言えないです。良いか悪いかは、私が決めることではないからです。
ただ、「弱いんだ」と知って受け入れたということです。

それを知ってからは、優しさをどう表現するかということを考えて実践しました。いろいろやっていくうちに、ある一つの答えにたどり着きました。
それは、人に優しくできる条件は、心が安定していることです。
だからもちろん、いつでも人に優しくできるわけではないということもわかりました。生きていれば、心が不安定になることはしばしばです。

心に余裕を持つことで、心は安定しやすくなります。
箱庭なら、箱いっぱいにギュウギュウ詰めになっている時は、心臓が常にドキドキしてエキサイティングになっている状態かもしれません。今にも箱を飛び出して行きそうな、そんなやる気に溢れた状態かもしれませんね。

それでも!湧き出るものを抑えることもまた無理なことです!内側から吹き出すようなエネルギーは、いつかは周りの壁を壊して外へ出ていくのも自然の成り行きなのです。それを受入れて助けることもまた、優しさなのだと私は思います。

自分が行きたい場所、自分が楽しいと思う場所に、自分の大切な人を連れて行きたいと思う気持ちは、たとえ現実的にそれが叶わなくても、気持ちは止められません!その気持ちを抑えるのではなく、優しさで受け入れて、大切な人の幸せを願ってお別れすることは、とても美しい形を作り出すのではないかと私は思いました。その表現は泣くのかもしれないし、笑うのかもしれない、言葉はきっと「さよなら」でしょう。

それが人生、それが自然という形なのだと、思いました。

“さよならだけが人生だ”

常に挑戦し続ける人が優しくて孤独なのは、「そうか……当たり前のことなのか」と、しみじみ思いました。








参加してくれたみなさまありがとうございました!

次回の『coco箱』は、5/20㈯ に開催します。
ご参加おまちしています✨