息子くんの夏休みが終わり、今日から新学期。
今朝は自分で起きて、時間に追われつつも
慌しいやり取りなしに学校に行けた息子くん。
夏休みの宿題「ラジオ体操(だけどテレビで見るやつ)」
のおかげで、早起きに慣れたのかな。
1学期は時間に追われる毎日だったけど、
夏休みのおかげで、よい感じに生活リズムが整ったみたい。
子猫ちゃんが来て、家で過ごす日々が多かったのと、
習い事はしてないし、お友達とも遊ぶ約束とかはしてなくて、
夏休み中、お出かけのイベントは数えるほど。
その分、一緒にのんびり過ごして、
一緒に遊んだり、ときどき一緒に家事したり、
宿題を見守ったりサポートしたり。
昨日の最終日にコミュニティのお祭りに参加して、
夫がイベントのお手伝いをする中、
息子くんは、日が暮れるまで遊んで来た。
私は猫ちゃんとお留守番。
息子くんが小学生になって、お世話も楽になって。
付きっ切りじゃなくて、見守るだけのことも増えて。
宿題も休み中に終えられる、ほどよい量で。
ご飯も息子くんは、まだそんなに量いらないし、
自分も食に興味ないから適当な日も多かったし、
夫が夕食いらなかったりすると、
朝ごはんみたいな夜ご飯だったり。
ただつれづれに書き連ねたいのは、
今年の夏休みが、本当にリラックスしてたってこと。
そして、私の欲しかった子ども時代そのものだったってこと。
3人きょうだいで、一番上のお姉ちゃんだった私。
小1のときには、すでに弟も妹もいて、
お母さんを独り占めすることなんて出来なかった。
幼稚園の準備や、小学校の準備を、
お母さんに手厚くサポートしてもらいたかったけど、
それは叶わなかった。
関東から遠く九州にお嫁に来て、
男は仕事にまい進する時代、
3人の子どもを抱えて、今でいうなら、
ワンオペ育児状態だったんだと思う。
余裕なんか、あるはずないよね。
今でも覚えてて、忘れられないことがある。
ある日、幼稚園の通園バスに間に合わなかった私は、
幼稚園まで、一人で歩いて向かった。
横断歩道のない県道を向こう側に渡って、
歩道の無い土手沿いの道を歩いて。
幼稚園は、川の向こう側にあって、橋2つ分先。
2kmちょっとの距離。
今、思うと、朝の通勤車がたくさん走る中、
とても恐ろしいことだけど、
幼稚園に向かう進行方向の側を歩かないと、
バスに拾ってもらえないと思ったんだろう。
今はもちろん、虐待通報されちゃうレベルだけど、
体罰が基本のあの時代で、
昭和の田舎だったからこそできたことだと思うし、
母は、3人目を産んだ産後で、一番苦しかったときだったろう。
それに、一人で歩いて行った記憶は、その1回しかないし。
で、しばらく歩いていたら、
運良く通り掛かった通園バスに乗せてもらえた。
(ここから、ちょっと下の話。)
が。
私は、なんと、
歩いているときに我慢できなくて、
うん○をおもらししてた。
バスに乗せてもらって、座るときに、
うん○が、おしりとパンツの間でつぶれて。
きっと、すごく臭っただろうけど、
そのときに何を考えてたかとかは、覚えてない。
バスのどこに座ったかは覚えてるのに。
恥ずかしすぎて、封印されてるのかな。
ただ、バスを降りた後、
先生がトイレでパンツを洗ってくれて、
新しいパンツに着替えた。
その光景を黙って見つめてたのを覚えてる。
こういう、ただただ悲しい。恥ずかしい。
けど、どうにも消化できない思い出が、いくつもある。
あの頃の私は、ただ、お母さんに寄り添ってもらいたかった。
毎日、ぎゅって抱っこしてもらって、大好きだよって。
それから、大変だったね、辛かったねって、悲しかったねって、
共感してもらいたかった。
そういう私が欲しかった労わりや慈しみを
息子が私から受け取るとき、
私の中にいる小さかった私も、
いっしょに癒されて、満足していく。
もちろん、私の中の小さかった私が、
息子くんのことを羨ましく思って、
反発して、怒って、八つ当たりして、
息子くんを疎ましく思うこともあるけれど。
まあ、とにかく、今年の夏休み、
とてもとてもリラックスして幸せだった。
怒ったり、ケンカしたりもあったけど、
総じて仲良く、楽しく過ごした。
日々の暮らしに浸って、
文字化する気持ちになれないほど、
「いっしょにいる」を味わった夏休みだった。
来年の夏休みが、こんな風に、ふたり仲むつまじく、
甘い時間が過ごせるかどうかは、分からない。
今年だけの、奇跡なのかもしれないし。
だから、文字にして書いておく。
もし、データが消えたとしても、
自分の中から、言葉をつむぎだしたことは、
きっと、体が、心が覚えているだろうから。
もうすぐ、息子くんが帰ってくる時間だから、
今日は、ここでおしまい。