それが四年前?ん?だよな。2011だったから。
その、1年ほど前大好きだった作曲家でギタリストでアーティストだったkaytのホーチンさんに(惜しくも2011秋に、他界されましたが)ラジオに呼ばれた時に「松谷さん、声すごいいい声だから歌えばいいのに」って、言われた事があったんだ。
18歳の時に、歌うのをやめた自分。
それから30年ぶりに人前で歌う事のキッカケに出会いました。
そして、第一回目黒川フォークジャンボリー。川本氏は井上陽水、俺は大好きだった吉田拓郎でお遊びバンドをやったわけ。
(前述のホーチンの他界後だったので、見せることは出来なかった。遺影を密かに飾ってのライブでした。)
どうせ一回だから、好きな奴とやろう。
と。
人的にも、腕的にも、「ゴメン!手伝って!」で済んで貰えてしかも確かな腕の人。
バンドマンからは「ありゃ、ずるいですよ。政治力満載じゃないですか!」と言われる事しきり。(笑)
そーでしょ、そーでしょ、俺もそう思う。
でも、いつもバンドに叱咤している俺としては、歌はまだしも、ステージでの熱さや大きさ、動員の大事さだけは伝えたくて頑張りました。110超えたもんな。全体で200越え。
まあ、おかげさまで評判もよく、翌年も頑張り、そして、2013年に3回目。
その時期、店の経営も芳しくなくてさ。
自分みたいな下手くそが、あんな素晴らしいミュージシャンを使って自己満足してる事に疑問を持ち始めてた。
だからの活休。
そして1年半後。
そう。明後日。
ワンマンという形でどこまでやれるのか?
確かめる意味を含めて、決めたのが、今年の頭だったかな。
ただし動き始めてからは、問題続き。
仕事のテンションもなんだけど、自宅の大家からの突然の引越し騒ぎ、携帯失くして連絡が取れなくなったり、引越しに伴う出費で金銭的に苦しくなったり。
気付いてみたら、本番まで一月あまり。
リハーサルも、みんなの予定が合わず一回きり。個人練習もままならないまま。
動員も140を目標にしてたのに、多分70いくかどうか。携帯失くしたのが本当に痛い。
正直、赤字も大きいし、マジ
逃げたしたくなってた。
でもね。
決めたからにはやらなくちゃ。
結果はどうあれ、「松谷さんだから、こんな気持ちになれたよ」って感想を持ってもらえるようなステージをしなきゃって。
声も、ピッチもやばいし。
ギターも練習不足だし、体力も作れなかったけど。
ともかく、徹底的にやりきる。
気合いで乗り越えてみせるさ。
でないと、今迄、俺の周りにいた、バンドマン達に言い訳が立たないからね。
そして、出し切った後は。
ライブステーションの店長として、プロデューサーとして、新たに走り出します。
手掛けて行きたい子達もいるし、立ち上げたい企画もあるし。
なにより、今期で引退を仄めかしている社長の後を継げるように経営にもテコ入れしていかないと。
四年に渡るチーム拓郎。
自分にとってはかけがえのない時間をもらったこのバンドですが、今回をもって本当にお終いにします。
バンド運営は、時間も、精神もお金もかかる。
それに割いてきた時間を、新たな時間に移行していくためにも、今回のワンマン。
充実した気分で終わりたい。
もう48時間ないけどね。
不安だらけではあるけど、ジタバタしても変わらないし。
気持ちだけは出し切ろう。
松谷