2015年7月5日(日)赤口

昨日、もったいない学会のサロンにて、今、地球上で起こっている問題点について議論があった。もったいない学会では、問題はオイルピークが前提にあり、そのために現在の延長線上にあるような経済成長はありえない、科学技術の進歩もありえない、ということである

たまたまであるが、昨日の朝、ラジオで瀬戸内寂聴、稲盛和夫の対談をおさめた「利他」という本の話をしていた。利他とは、コトバンクによると「他人の福利を願うこと。自分を犠牲にして,他人に利益を与えること。仏教用語では,人々に功徳,利益を施して救済すること。」とある。どうやらこの利他という精神は日本人には適しているが、海外の人には迷惑なこともあるらしい。(というのは、海外は個人主義が強いため、利他の精神を発揮されると、自分もその精神を強いられている気がするらしく、息苦しくなるらしい。そのために、論文として利他的な人は嫌われる、みたいなものが発表されていた。が、これは海外の論文であり、日本人を対象としたものではない。あしからず。)

この二つの出来事を照らし合わせてみると、どうも日本人がこれからの世界を牽引できるだけの素養が見えるにもかかわらず、そのことに対して、聞く耳を持っていないような気がする。というのは、サロン終わりの懇親会で、ヨーロッパの人々は、オイルピークを知っていて、経済成長もあり得ないといことも知っているということの話があった。しかし、日本人は知っていない。興味がないかというと、知れば興味は生まれる。(たまたま、お店の店員さんが聞いてきた。興味深そうに聞いていた笑い。)問題は、地球温暖化などではない。今の生活からのマインドセットにあるのだと思う。今の生活を進めていくと、ほぼすべての仕事は奪われる。奪われると、流通などといったサービス業は崩壊する。当然、金融サービスも同様である。いわゆる、より人間の生活に近い産業しか残らなくなるのである。このことに気付いているのか、いないのかおそらく、日本人の多くは気付いていない。どうも、今のままの生活が続くような感じを持っているらしい。(一部では、このことに気付いて動き出しているが、それも一部であり、どちらかというと、海外に出ていった秀才たちのほうが日本に密かに戻りつつあるらしい。)

経済学に片足を突っ込んでいる身からすると、日本の経済学界の不甲斐なさを覚える。というのは、日本の経済学界は、欧米、とりわけアメリカ経済学界ばかりを見ていて、足元の日本経済学界を見ない状態が感じられる。そのために、日本の状態とは異なるにもかかわらず、アメリカ経済学界が言うのだからと、それに迎合する。いまだに、対等な状態は作れていないのである。それに反逆しようものなら、数の原理で押しつぶされる。そのために、真実が語られず、不都合な真実となる。それはそうである。日本がアメリカのお財布なら、お財布は言いなりになっているのがアメリカにとって都合がいいのである。お金の価値は、社会に対する富の量である。言いなりで、モノを作り超効率的に供給してきた日本は、まさに世界に富を供給してきた優等生である。その優等生をアメリカは手離すはずもなく、そんなことに異論を唱える者がいようものなら、つぶしにかかるのは火を見るより明らかなことであろう。しかし、今の日本はそれが過去の遺産になりつつある。というのは、富の生産において、モノの供給から心の豊かさ(≒コト)の生産に移行しつつあるからである。これは世界の兆候であるのであろう。

だからこそ、利他を理解できる日本人、もったいないを理解できる日本人が、世界を牽引できる素養を兼ね備えていると言えるのだが、それが抑えられている。突破できずにいる。残念なことだ。牽引の形も、今までのような誰かが引っ張っていく形ではなく、周りと協調しながら方向性を指し示す、いわゆるファシリテーターのような形である。誰も、何かを押しのけて引っ張っていくような形とは言っていない。協調型のリーダーの形なのである。牽引型のリーダーは、これからの時代には駆逐される。アラブの春でそれを駆逐したはずなのに、その後の政治においては、アメリカが主導して牽引型を構築しようとしている。ので、うまくいかない。当たり前の話だと思う。

今の日本政治も、牽引型で首相を筆頭に引っ張ろうとしている。が、それが限界にあることに気付いていないことが懸念される。少し怖い気がする。これからは、政治に依存することなく、日本人本来の強みを強みと変えて、ひとりひとりがフォロワーシップを持ったリーダーとなって行動することこそが求めれているような気がする。そんな議論が起こることを祈っている。ここには、当然ドンパチの争いは存在しない。お互いの話し合いで納得しながら進めていく形になる。今年度のもったいない学会の大会(2016年1月23日東京にて開催予定。できれば多くの人に参加してほしい。)では、そんな議論がされるらしい。マイナーな学界ではあるが、しっかり議論をしてほしいと思う。そして、日本の学術界にも一石を投じてほしいとも思うのでした。。。