AIとパラレルワールドをエンジョイする

 

 

AIとパラレルワールドをエンジョイする

時代に流されない思考を身につける方法を考えてみた。

人間の持つ思考力は、人工知能より優れていると感じる。

 

その理由は、AIというパラレルワールドを横断すると見えてくる。

AIが出て、10年くらいになると思っているが、もっと古くから研究されていたと思っている。

長い時間を掛けて、チャットボットができたのだろうとも思う。

 

3年前から使い始めた、きっかけはChatGPTが出たことからだった。

AIと会話して書いた本を読んだからだ。

その時自分の中では、もの凄くいいことが起こるように感じた。

 

AIが会話するということが信じられないくらいの進歩だと思った。

 

それから何時ものように、AIに関する本を数冊購入して、

AIについて学ぼうとした、何時ものことだが、

始めは何が書いてあるかも分からない、何を言っているのかわからない。

何故か?と思うのです。

 

使いこなしている人が、使った状況を書いているので、

使ったことのない、僕のような人間には、すぐさま理解できないのです。

当然ですね、知らないからです。

 

それからまた何時ものドグマにさらされるのである。

そこら中にある、AI情報が目に飛び込んでくる。

 

その全てが輝いて見えるが、どれが本物か見極めがつかない。

そこで、セミナーをいくつか購入させられる。

 

期待していたようなものは、僕にとっては無かったと言える。

 

それは、何時ものように知っている人間が知っているように話すからである。

 

人間って面白いと思う、簡単なことを回りくどく解説する傾向がある。

 

AIを習うとしたら、プロンプトではない事を最初に言って置かなければならないのだと感じている。

 

確かに、プロンプトは必要なのですが、それを幾つも集めても、

意味のないことのように思えるからです。

 

使えない人間に、武器をもたせても使えないのです。

また知らない人間は、怖いとかだめだとか、ドリームキラーを繰り返します。

 

 

 

著者が提唱する「AIを使うときの基本的考え方」としての10の原則は以下の通りです。

  1. AIを使ってみる
  2. 比較検討してみる
  3. AIが知らないと思うことを質問する
  4. 勝手な回答が出てくる
  5. 訂正してやる
  6. 幾つかのAIを同じことをして比べる
  7. 同じ答えが出てく時は、信憑性があると考える
  8. AIのすべてを信じないこと
  9. 社会通念と比べること
  10. 使いこなす方法を考えること

著者は、AIを学ぶ上で単にプロンプトをたくさん集めても、使う側に武器を使いこなす力がなければ意味がないと指摘しており、まずはこれらの考え方を念頭に置くことが必要だと述べています。

 

これらの原則の背景には、AIを「知識をたくさん持った、融通の利かない、純粋な子供」として捉える著者の視点があります。

 

AIは時として勝手な回答や屁理屈を言うことがあるため、

 

AIの言うことをすべて鵜呑みにせず(原則8)、社会通念と照らし合わせたり(原則9)、

 

複数のAIで比較して信憑性を確認したり(原則6, 7)しながら、人間側が主体的に訂正して導いてあげる(原則5)

 

という、実践的かつ冷静な向き合い方が強調されています。

 

非エンジニアがAIと向き合う際に「理論より効能」が重要である理由は、難しい仕組みを頭で理解しようとするよりも、スマートフォンのアプリのように「今すぐ実用的に使える」状態から入る方が、圧倒的に理解しやすく実態に即しているからです。

 

著者は自身の経験から、その背景について以下のようにより深い洞察を展開しています。

  • 専門家の視点と初心者のギャップ: 世の中に溢れるAIの書籍やセミナーの多くは、すでにAIを「使いこなしている人」の視点で作られています。知識のある人は簡単なことでも回りくどく解説する傾向があり、使ったことのない初心者にとっては最初から理論やプロンプトの型などを並べられても、何を言っているのか理解できないという問題があります。
 
  • 「使いながら学ぶ」サイクルの有効性: 理論を学ぶよりも、まずは使ってみて効能(結果や実用性)を体感することが重要です。現在の生成AIはまさにこれに適しており、そのまま使ってみて、分からないことがあればその場でAIに質問するという使い方が可能です。AIがすぐに解説してくれるため、その場で理解し、自分自身のスキルや知識を拡張していくことができます。
 
  • 時間をかけずに本質にたどり着く: 多くのセミナーが同じことを繰り返しやらせて時間をかけさせるのに対し、著者は「全く初めてでも今すぐに使える魔法のようなシステム」が理想だと述べています。非エンジニアにとっては、3年かけて理論から学ぶよりも、要約された効能をすぐに利用して実践するほうが効果的です。

前の「AIを使いこなすための10の基本原則」の最初が「1、AIを使ってみる」であったことからもわかるように、非エンジニアにとってAIは**「理論を勉強する対象」ではなく「使って効能を得ながらフィードバックループを回す道具」として向き合うこと**が、最も確実で手っ取り早いアプローチだと言えます。

 

 

AIを「融通の利かない子供」と捉える理由は、AIが膨大な知識を持っている一方で、時として屁理屈のようなことを平気で言う純粋さを持っているためです。

 

著者によれば、AIは一見すると物事を記憶しているように見えますが、実際には記憶しているわけではなく、要点を裏で記録して必要な時に引き出しているだけです。

 

それがあたかも人間の記憶のように感じられる仕組みになっているため、「インテリジェンス的に言えば、知識をたくさん持った、融通の利かない、純粋な子供のようなもの」と表現されています。

 

この「子供」と向き合う実践的な方法として、AIが屁理屈を言った時には無視をするか、逆にオウム返しで質問してみると面白い答えが返ってくると著者はアドバイスしています。

 

以前の会話で触れた「AIを使いこなすための10の基本原則」において、AIが勝手な回答をした時に人間側が「訂正してやる」ことや、「AIのすべてを信じずに社会通念と比べる」ことが推奨されていたのも、まさにこの「知識はあるが融通が利かない子供」をうまく導きながら使いこなすためのアプローチだと言えます。

 

呼ばれた人しか行けないという、ちょっと気になる神社を見つけたので、遠隔で参拝しようと思い、いくつかのサイトを散策中に、Amebaの記事にたどり着きました。

 

サムハラ(意味不明であるが、文字も不明ですね)

 

寒原というイメージでしたが、文字を見て???

でした。

 

きっと探せば何処かに、意味もあるのでしょうが、

霊験あらたかな感じがします。

 

体調が良くなり、参拝できるまでは遠隔で参拝したいと思っています。

 

遠隔と言えば、神様はご理解してくれると思っています。

 

宇宙の根源とも言われている、三神が御祭神というところがナカナカ無い神社だと思います。

 

御縁のある方はどうぞご参拝くださいませ。

タルタリア

 

韃靼図


 

 

 

右上の豪華なカルトーシュ(飾り枠)には「タルタリアまたは大汗国図」と本図のタイトルが書かれている。

 

タルタリア(韃靼)とは、アジア大陸の東北部地域を指す。本図にはカスピ海以東の中央アジア、シベリア、中国、北東アジア地域とアニアン海峡(現ベーリング海峡)をはさんで、北米大陸の一部が描かれている。

 

ベーリング海峡はこの当時には確認されておらず、アニアン海峡は地図作製者の想像の産物である。

 

日本列島の姿は、ポルトガル人地図作家ヴェリュが1560年代に描いた日本図に基づくもので、四国に土佐が記されるが、その地名は早くにヨーロッパに知られていた。

 

さらに坂東、大坂、都、山口、豊後、鹿児島などの地名が記されている。

 

また日本列島の南側の海上には次のような注記があり、詳細な情報を基にしていることが判る。「ヤーパン島、ヴェネティアのマルコ・ポーロにはジパングリと呼ばれる。

 

かつてのクリュセ(黄金)島。その昔大汗が侵略を試みたが、無駄に終わった」本図は、アブラハム・オルテリウスの「世界の舞台」という世界地図帳に含まれる1図である。

 

「世界の舞台」は近代地図帳の嚆矢とも呼ばれ、初版本は1570年に世に出る。

 

当時最新最良の地図を集めて1冊本に仕立てたもので、大人気を博し各国語に訳され、1612年までに40版以上が出版されたといわれる。

 

その内の1冊は、天正遣欧使節の土産品として日本に持ち帰られたことが史料に記されている。

 

しかも「世界の舞台」は、新しい情報や地図が手にはいると旧来の本にそれらを加えて出版するため、版を重ねる度にページ数が増えていくというものであった。

 

よって、本図も1570年初版本から17世紀初めまでのすべての本に含まれることとなった。

 

「世界の舞台」には様々な日本列島の地図が紹介されるが、16世紀の日本では印刷された地図は存在せず、ヨーロッパの人びとの方が日本の姿を地図上で普通に見ていたことになる。


 

要約

右上の豪華なカルトーシュ(飾り枠)には「タルタリアまたは大汗国図」とタイトルが書かれている。

 

タルタリア(韃靼)とは、アジア大陸の東北部地域を指す。本図にはカスピ海以東の中央アジア、シベリア、中国、北東アジア地域とアニアン海峡(現ベーリング海峡)をはさんで、北米大陸の一部が描かれている。

 

日本列島の南側の海上には次のような注記があり、詳細な情報を基にしていることが判る。

 

「ヤーパン島、ヴェネティアのマルコ・ポーロにはジパングリと呼ばれる。かつてのクリュセ(黄金)島。その昔大汗が侵略を試みたが、無駄に終わった」

 

ソース元

https://service.gsi.go.jp/kochizu/app/item/?id=164&category=15

 

洞察

1,560年代に描かれていた、ポルトガルの世界地図から、日本を見ると、ある事は

判っているが未だ見ぬ世界に近いようだ。

 

今から520年前の物であるから、現代とは比べられないが、この資料から判断すると

モンゴル帝国のことを指しているようだ。

 

天正遣欧使節については、https://share.google/aimode/O5zK0BfzYT8OtC2of

にあるように、8年間かけて遣欧使節として日本を離れて世界を見聞する旅行記のような話であるが、参考にする価値はあると考える。

 

キリシタン大名の特使でもあったため、行先々で歓迎されていたようでもある。

 

千々石ミゲルは後に、棄教しているのは、日本的であると言える。

 

未だに世界のことは、わからないのが現状だと言える。真実は何処にあるのだろうという疑問を抱くことが、現実を捉える一歩となると考えられる。


 

G検索してみた。

「タルタリヤ」という言葉について、検索結果から2つの可能性が挙げられます。

  1. 原神(げんしん)のキャラクター
    人気ゲーム『原神』に登場するファトゥス(執行官)第11位のキャラクター名です。彼は氷の国「スネージナヤ」の出身です。 [1, 2]

  2. 歴史上の概念・偽史(タルタリア)
    近世ヨーロッパの地図において、中央アジアから北アジアの広大な地域が漠然と「タルタリア(韃靼/タタール)」と呼ばれていました。19世紀に存在した巨大帝国であるという「タルタリア帝国説(マッドフラッド陰謀論)」というネット上の偽史・都市伝説としても知られています。 [1, 3, 4, 5]

どちらについて詳しく知りたいかによって回答が異なりますので、詳細をお知らせください。

 

タルタリア(Tartaria)は、実際の歴史的地理概念と、近年インターネット上で流行している偽史・陰謀論の2つの側面を持っています。

1. 実際の歴史:地理概念としてのタルタリア

近世ヨーロッパの地図において、現在のシベリアから中央アジアに及ぶ広大な地域は「タルタリア(韃靼/タタール)」と広く記載されていました。

  • 名前の由来:モンゴル系の「タタール(韃靼)」という部族名が、ヨーロッパでギリシャ神話の地獄「タルタロス」と結びつき、東方の広大な未知の土地を指す言葉として定着しました。

  • 地図上の意味:当時のヨーロッパ人にとって「詳細が不明なアジアの北・中央部」を大雑把に指す地域名であり、統一されたひとつの「タルタリア帝国」という国家が存在したわけではありません。

2. ネット上の偽史:タルタリア帝国説とマッドフラッド

近年、SNSを中心に「19世紀まで高度なテクノロジーを持つタルタリア帝国が存在したが、歴史から抹消された」という都市伝説・陰謀論(マッドフラッド説)が拡散されています。この説の主な主張は以下の通りです。

  • マッドフラッド(泥の洪水):19世紀頃に世界規模の泥の洪水が発生し、タルタリア帝国の文明と歴史が土の下に埋もれて滅亡したと主張されます。

  • フリーエネルギー:タルタリアは世界中に電力を供給する無線フリーエネルギー技術を持っていたとされ、古い洋風建築のドームや尖塔、アンテナのような装飾はその送電遺構であると解釈されます。

  • 歴史の改ざん:現在の支配層(ディープステートなど)が自らの権力を維持するため、タルタリアの存在を教科書から消し去り、偽の歴史を捏造したとされています。

歴史学・科学的な事実

これらは考古学や歴史学的な根拠が一切ない典型的な偽史(オルタナティブ・ヒストリー)です。

世界中の古い洋風建築の半地下構造は、単なる建築デザインや当時の都市計画(道路のかさ上げなど)によるものであり、泥の洪水で埋まったわけではありません。また、古い地図の「Tartaria」という表記は、前述の通り「地域名」を大雑把に書き込んだものに過ぎません。

ネットで検索しても、このくらいのことしか出てこない。SNSで検索すれば、気を引くようなことがたくさん出てくるが、その多くはフェイクに近いと感じるものだと推定する。