その後、エジプトでは夜行電車や夜行バスなど
一番安い交通手段を使って国中を巡りました。
広大なサハラ砂漠を横断してポンコツバスに揺られたり。
そんななか、不思議なことに砂漠のオアシスに向かうバスに
乗り合わせていた日本人の人たちと日本への飛行機が
同じ便だという偶然もありました。
その後、私はシンガポール経由の飛行機を降りて
シンガポール、マレーシアと寄り道をして日本に帰ってきました。
エジプト各地で出会って仲良くなった友人が日本全国に
何人もできました。当時の連絡手段は電話か手紙。
その中で、例の砂漠のバスと帰りの飛行機が同じだった、
特に気が合う女の子の友人が帰国後のある日、私に電話をかけてきました。
「あのね、私来年大学を1年休学することにしたんだ。
飛行機を使わず、船で中国までわたって、
そこから陸路で中国、ロシアとシベリア鉄道を使って
イギリスまで1年かけて旅するの」
がーん。
私は、あまりの羨ましさに頭を大きな石で殴られたような衝撃を覚えました。
当時、私たちの間でバイブルのように読まれていた沢木耕太郎の小説
「深夜特急」の旅そのものを実行するというのです。
ほんとは自分もそんなことをやりたい。
旅で出会った素敵な日本人のカップルが
「学生時代にやりたかったけどできなかった
世界一周貧乏旅行を社会人になった後、
途中退職してそれを実現しているの」
と話してくれたあの時。
僕の頭によぎったのは
「いいなぁ。でも自分にはそんなの無理。
そもそもお金もないし、そんな大きな変化を
起こす勇気もないし、それに、それに」
と無理に決まっているという前提で頭がガチガチになっていて
「残念だけど俺には無理。諦めよう。」
そう思っていたのです。
でも、その陸路でユーラシア大陸横断ひとり旅を
決意した女の子の友人の宣言があまりにも強烈でした。
さらに、当時アルバイトをしていたレストランのバイト仲間が
「あのさ、俺来月でバイトやめるんだ。
ハワイの大学にいくことが決まったんだよ」と。
がーん。
君もか!
僕の周りで立て続けに起こった、海外行きます宣言。
その衝撃の強さのあまり、自分の中に
スイッチが入ってしまったのです。
他人事だった夢の行動が、初めて自分ごととして
鮮明に浮かんできました。
自分も、やっぱり行きたい、と。
