ふと、気づいた。

 

実父の死から

1年が過ぎてることに。

 

一昨年の12月に

私は親戚から連絡を受けて知ったのだが、

 

去年12月になっても

私は実父の死を思い出さなかった。

 

一瞬、

「薄情な自分」だと思ってしまった。

 

思い出しもしなかった自分ってひどい?

どこかで、実の父の死をもっと悲しまなければならないと思っていた?

 

そんな自責の念が出てきやすい。

私の”心のクセ”みたいなものかもしれない。

 

生前から、関係性があったなら

まだしも、

私は実父の顔さえ知らない。

 

私は、告別式もその後の法要にも関与していない。

 

告別式が終わった後に

親戚から聞かされた。

 

その時に、香典と手紙を送っている。

 

私が、一周忌に何かを送る必要はない。

そう感じ直した。

 

それにーー

それをすると、

きっと実母には負担になったのではないかと思う…。

 

だから、一周忌をスルーしたことは

気にすることはない。

 



じゃぁなぜ、ふと思い出したのか?

 

春に、実母とのあれこれがあった。

(過去記事あり)

 

そろそろケジメをつける時期

自分の気持ちを整理しなおすタイミング

なのかもしれない。

 

私は、

手紙や口頭で

・お悔やみの気持ち

・過去の自分の無礼な手紙の詫び

・今の気持ち

などを伝えた。

 

そして、

私が一番気になっている

自分が養子になった理由を知りたい

ことを伝えた。

 

私なりに丁寧に伝えたし、

実母もその気持ちを理解してくれ、

受け取ってくれたと思っていた。

 

春、

相続放棄の手続きが終わると同時に

連絡が途絶えた。

それは、

私には、あからさまな拒否にさえ思えた。

 

夫の死の悲しみがまだまだ癒えない

そんな中の事務手続きで余裕がないのはわかる。

 

それでも手続きが落ち着いたら

いつ連絡があるかもしれないから

スマホの通話プランも拡大させて準備してた。

 

けど、今の今まで連絡はない。

 

向き合ってもらえず、

私は落胆した。

 

がっかりした。

なぜ向き合ってくれないのか?

私の気持ちは無視された。

私は傷ついた。

 

現実も私の気持ちもそこで止まったまま。

 

この現実と自分の気持ちにどう折り合いをつけて

進んでいくか

 

考えてみることにした。

 

これは、

実父への想いというよりも、

母との未完の関係にどう折り合いをつけるか

という話である。

 

続く