猫くんが膝でゴローンと寝ると
一緒に、静かな時間を過ごすことになる。
この時間は、
私のオキシトシンが分泌される時間でもある。
とはいえ、
家事がある…。
そろそろ、あれをしないと
これもしないと思いながらも
なかなか立ち上がれず
気づけば平気で3時間くらいそのまま
ということもある。
猫くんを通して、
ふと自分の中の反応に気づく。
猫くんの様子を見て、
「こうじゃないか」
「あぁじゃないか」
と頭の中で想像が働く。
今、ここで離れたら
寂しがらせるんじゃないか
かわいそうなんじゃないか
さらに、
遠慮してるんじゃないか
諦めてるんじゃないか
なんてのもある。
いちいち言語化してるわけじゃない。
多分、見ると同時に、
心が自動で反応している。
その反応に基づいて、
私は関わり方を選んでいる。
ふと思う。
「これは、私のフィルター越しの見方じゃないか?」
猫の姿に、
自分を投影している部分もあるのだろう。
つまり、
私の中に
「寂しさ」があって、
「遠慮する癖」があって、
「諦めてしまう」部分がある。
だから、猫も
そう見えているのかもしれない。
猫に限らず、
私はきっと、色々な場面で
同じように物事を捉えている。
猫を通して、
自分の内面を知らされている気がする。
そんなこと関係なく、
猫くんは、かわいい![]()