■2024/7/10〜7/15
7月10日に夫がなくなり、
7月14日に通夜、7月15日に告別式を行ないました。
葬儀会社さんからアドバイスいただき、
納得のいく葬儀ができました。
内容はもちろん、
費用は葬儀会社さんが、
重視する物と、カットする所の組み合わせを
詳しく考えてくださったので、
分相応にできたと思います。
亡くなる前までは、
本人も私も、葬儀について、
何も考えて無かったので、
亡くなった後、葬儀会社に連絡してから、
プランを考えました。
無宗教葬儀にしたため、
お坊さんがお経を読まないので、
その時間をどう有意義に使うか?
葬儀会社さんからアドバイスいただき、
進めることができました。
通夜が始まる前迄、
準備で忙しく過ごしました。
■通夜、告別式は、
心温まる素敵な弔辞をいただいたり、
昔勤務していた会社の皆様も大勢お越しいただきました。
闘病中は本人が
「病気で痩せたりした自分を見られたくない」
という気持ちが強くて、
お会いできませんでしたが、
最後のお別れができたと思います。
■最後に勤めた会社の皆様には、
式のお手伝いを色々と行っていただき、
私一人では、どうにもならなかった事を
実現することができました。
大変感謝しております。
【夫にふさわしい式にしたい】
本人が亡くなっているので、
「多分本人なら、
満足とまでいかなくても、
こんな感じなら、悪くないだろう」
という内容を私が考えて、
葬儀会社さんにご協力いただきながら、
進めました。
式場となるホール
昔ながらのお葬式場ぽくない場所で、
インテリア(椅子等)がシンプルモダン程度の所を選びました。
規模は、通夜と告別式で50〜100名程度の規模で行える場所。
■実際行ったレイアウトのスケッチ
無宗教葬儀
夫自身は信じている宗教は無く、
夫の弟に実家の宗教聞いたが、
弟も知らなかった。
一応、実家に聞いてもらったが
「真言宗」じゃないか?
とのことでした。
弟と実家にも相談して、
無宗教葬儀(お坊さんを呼んでお教を読んでもらったりしない)を選択しました。
メモリアルコーナー
夫を思い出していただけるように、
・生前の家族写真
・闘病していた頃の写真
・夫肉筆の仕事のスケッチ画
・夫が設計した建築の実物件写真
・よく聴いていた音楽のCD
・尊敬する建築家の本
等を展示しました。

モニターで流すことができました。
元気な時の夫の姿が見れて、私もとても、嬉しかったです。

祭壇
・夫は、まちづくり(都市開発)や、住宅建築設計の仕事に携わり、植栽に詳しかったです。
植物を愛する夫にふさわしい祭壇にしたいと思い、こだわりました。
そして結婚前は
「山の中に住んで陶芸家になりたい」
と夢を持っていた時期があったと、
亡くなってから夫の弟と父から聞きました。
・祭壇は、お花で、山のようなデザインで作成してもらいました。
闘病の記録ブログの案内
・当日は、「闘病中どうだったか」の話で終わってしまいがち?かもしれないと思い、
闘病内容は、概略は喪主挨拶でお話して、
詳しくは、このブログをご覧いただけるように、準備しました。
当日受付でブログのQRコードを表示した紙を全員に配布しました。
※この紙は、葬儀会社さんからアドバイスいただきながら、私が作成しました。
【準備の手順】
・7/10 夫が亡くなった日
葬儀会社に電話して、こだわりの点を伝え、
私が良いと考えた具体的なホールを伝え、
2社見積していただき、うち1社に決定。
無宗教葬儀の流れや、遺影について決める。
・7/11 通夜、告別式の案内
友人関係の一部と、最後に勤務した会社関係は、連絡をお願いできましたが、
過去に勤めた会社で、私が連絡したほうが良いと考えた方に連絡。
夫のスマホのパスワードだけ、教えてもらってましたが、夫のスマホを触るのは、この時が初めてでした。
電話番号が登録されている方で、
日頃から夫とゴルフや食事に出かけていた方に連絡。
ショートメールで、葬儀会社さん作成の文面(通夜・告別式のご案内)を送信。
その時に、このブログの2つ投稿を付けて送りました。
この後、電話もしました。
(添付したブログはこの2つ)
・7/12 メモリアルコーナー展示物の選別と、
展示する時に、付箋に簡単な解説を付ける準備。喪主挨拶文を考える。
・7/13
美容室に行く。
メモリアルコーナー写真を私の実家の父に送って、写真の印刷できるプリンターで印刷してもらう。夕方、隣の区にある実家に写真を取りに行く。
【当日のプログラム】
〜通夜〜
・開式
・黙とう
・献奏(全員で夫の好きだった曲を聴く)
L小林旭氏歌唱・大瀧詠一氏作曲
『熱き心に』
・経歴紹介
・弔辞
・喪主挨拶
・ご参列いただきました皆様から献花
Lお焼香の代わりに、お一人ずつ
カーネーションをお供え
・立食でお食事、メモリアルコーナーをご覧いだく
・BGMは夫がずっと大好きだった『大瀧詠一』さんのCDを2枚持参して、式場で流していただきました。
一般的な『お葬式』の悲しい感じではなく、『お別れ会』の雰囲気にしたい旨を司会者にお伝えし、ご協力いだきました。
【祭壇と参列者着席の椅子】
【立食のお寿司】
オードブルよりお寿司の量を増やしました。
喪主挨拶で『夫はこんな時に「食べて欲しい」人だったので、ぜひ召し上がっていただければ、本人も喜ぶと思います』とご案内しました
〜告別式〜
通夜と同じ流れで、
その他に『弔電紹介』が有りました。
立食のお食事は無く、
出棺前の花入れを、
ご参列いただきました皆様と私で行いました。
出棺で車に乗せる所は、
8名様の男性の参列者の方々にお手伝いいただきました。
・火葬場で火葬
・式場に戻ってきて、精進落しのお食事
L親族と、最後に会いたい人で夫と面会いただいたお二人(会社社長と営業部長)
最後に会いたい人の投稿↓
遺影
亡くなった日に、遺影写真作成を葬儀会社さんに依頼しましたが、
通夜前日18時前頃、
どうしても遺影写真を変更したくなって、
葬儀会社さんに連絡しました。
急なことでしたが、
なんとか通夜に間に合わせていただき、
感謝しています。
【実際の遺影写真】
黒い枠に黒いリボンの遺影にしたくない旨、
葬儀会社さんに伝えました。
白い枠で、カトレアのお花を付けてもらうよう依頼しました。
(私の実兄の時は、21年前だったのですが、縁を選べなかったので、白い生花で縁を囲ってもらいました。悲しい感じの写真にならないように)
通夜の夜
告別式が終わってから
■帰りは、夫の弟夫妻が、私の自宅迄、車で送ってくれました。
メモリアルコーナー展示物が多かったのと、
帰宅後に自宅内の祭壇を作る所
(御骨やお花の設置)を、ほとんど夫の弟がやってくれました。
■納骨は1年後くらいまでに、お墓を探して、その時に、戒名をいただくので良いのでは?
と葬儀会社さんから、アドバイスいただきました。
■夫は長男ですが、実質は実家近くに住む弟が跡取りのため、お墓は別にして、
夫と私の2人の永代供養にすること、
葬儀は私が喪主で東京で行うこと、
(両親健在のため)私達の自宅等の遺産相続・財産分与どうするか?
は、生前決めておりました。
・病状が悪くなってからは、亡くなった後の話はしにくくなりました。
抗がん剤開始した時期に、
「もしもの時の為」として、
この話は行ないました。
終活は、車とゴルフ道具の処分以外は、
体がしんどくて、ほとんどできませんでした。
その後、おすすめの映画が紹介されました。
















