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50歳の手習い、ライブバーを開店してみた

55歳にして、安定収入を捨て、ライブバーを開店。
これまでの人生や店の運用状況を赤裸々に綴っていきます。

私、この3月で56歳になりました。

 

2018年3月にライブバーを開店させました。

 

それまでは、小さなIT企業で実権の無い管理職をしておりました。

 

 

21歳でIT企業に就職し、35年間ITを生業として生きてきました。

 

最初に就職した会社は社長が財テクに失敗し、3年目の時に倒産アセアセ

 

当時、周りの方々の協力もあり、その時に従事していた仕事をフリーランスとして続けました。

言うなれば、これが1回目の起業ということになるでしょうか。

 

とはいえ、法的な手続き等の知識もなく、そこそこの生活費を稼げる程度のお金を貰えた程度のものです。

考えてみれば、この時、失業手続きをしていれば失業保険でしばらくのんびりできたなぁと思いますが、

当時は一人目の子供が生まれたばかりで、そんなことを調べる余裕もなかったんでしょうね。

 

半年ほど、フリーランスで仕事をつづけた後、その職場で知り合った方の紹介で某大手コンピュータメーカーの子会社に就職。

フリーランス時代の仕事をそのまま、その会社でも続け、10年程所属した後、改めて自営業のエンジニアとして起業しました。

自営業としての資金繰りや税務、経理処理等を覚えたのはこの時です。

とはいえ、当時は白色申告でしたので、それほど経理の知識は必要ありませんでした。

 

当時、仕事をもらっていたのは某大手コンピューターメーカー。

その時、懇意にしていただいていた部長が辞めて独立系のソフトハウスの役員として転職する際に

「一緒に行かないか?」

と誘われ、2年程で、自営業は廃業。

当時、34歳だったかな。

 

当時、IT業界は2000年問題とインターネット創世記で景気がよかった時代。

転職先の会社ではかなり忙しい毎日を過ごしました。

 

今でいえば、相当ブラックな環境でしたが、それなりの報酬があったのと、かなり自由に裁量が与えられていたので、

大きな不満はありませんでした。

企業コンプライアンスやガバナンスもまだ緩い時代でエンジニアとしてはやりやすい時代でした。

お客さんもエンジニアを育てる意識がありましたね。

 

その後、ついていった方がその会社の代表取締役になり、私のポジションも年々上げて頂き、退職時には部長職としての立ち位置でした。

10年程所属しましたが、経営陣の内部的なゴタゴタがあって嫌気がさしたこともあり、同僚とスピンアウトして新しい会社を立ち上げました。

これが3回目の起業となります。

 

同僚が代表となり私は役員、前職から数人の社員を引き連れての起業でした。

法人としての起業はこれが最初になります。

 

しかし、同僚の代表との経営スタンスが合わず、私は1期で役員を降りることにし、一般社員の統括部長職として残ることになります。

 

結果的にはこの会社には12年所属しました。

 

普通の感覚であれば、この会社で定年まで勤めあげるのが普通でしょうが、

何故、この年齢で再度、起業しようと思ったか?

 

それは、次のブログで綴りたいと思います。