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50歳の手習い、ライブバーを開店してみた

55歳にして、安定収入を捨て、ライブバーを開店。
これまでの人生や店の運用状況を赤裸々に綴っていきます。

腎不全の定期受診で月1度病院へ通っていたが、4月の通院日、朝から右腹部に痛みがあった。

 

いつものように月曜日の朝の会議に出席した後、病院に向かう。

(病院は会社から徒歩5分程度のところにある)

 

病院に到着し受付後、採尿と採血を済ませ、診察を待つ。

1時間半程待ってようやく診察室に呼ばれる。

 

腎機能に大きな変動はなし。

但し、炎症反応(CRP)の数値が高い。

 

右下腹部の痛みを伝えると、すぐにCT検査の手配をされた。

 

CT後、再度、診察をすると、腹部に影があるとのこと。

消化器の医師にレントゲン写真の読影を依頼すると、すぐに消化器の女医(結構美人)が飛んできた。

 

医師「最近、バリウムとか飲みました?」

 

1週間前に健康診断をしたことを伝えると

 

医師「大腸憩室炎だと思います。すぐに入院してください」

 

私「え?一度、会社に戻っていいですか?いない間の対応等の段取りしないといけないんで」

 

ということで、一旦、社に戻ることに

 

 

会社に戻ると、今朝、一緒に会議をしていた社長がインフルエンザの為、私がいない間に、早退をしていたゲッソリ

事務の女性課長に入院しなければならないことを伝え、隣の席の役員に、私と社長がいない間の何かあった時の対応をお願いすると

 

役員「え?これから出張で、いなくなっちゃうから」

 

私「・・・・・・。いや、そういう事じゃないだろ・・・・」

 

 

この役員は私が役員を辞めた後に前職の会社から社長が引っ張ってきた人間。

役員として来た直後の彼の大きなプロジェクトの失敗の尻ぬぐいを私がしたこともある。

大きなトラブルに対しては腰を引く姿勢の人間である。

 

生死にかかわる病気になっても、この会社は仕事を託すことができない会社だと、この時、改めて実感した。

 

 

この役員の発言が退職決意の一つ目のきっかけとなる。