きれいな空気 | あるキリスト者のつぶやき…

きれいな空気

人間、生きていくためには空気が必要である。たかが空気、されど空気。ひとこと空気と言っても、世の中には様々な空気というのがある。屋内の空気に、屋外の空気。都会の空気に、自然の空気。日本の空気に、外国の空気。そう言えば、私は買ったことがないから分からないが、空気の缶詰というものもあるらしい。

さてさて、これから暖かくなるにつれて花粉が空気に紛れ込んで花粉症の方々は難儀な思いをするのだろう。予想では今年は例年以上に花粉の飛散する量が多いらしく、花粉症ではない人でも花粉症になってしまい易くなるとか。などと一部では言われているようだが、その根拠はどこにあるのだろうか。似たような環境で生活していて、花粉症になる人もいれば、ならない人もいるわけだ。一概に花粉が多いから花粉症になってしまいやすくなる、というのはにわかに信じがたい。もっとも、人の話に流されやすい妻は、私にマスクをさせるつもりらしい。個人的にはマスクは息苦しいし、臭いし、好きではない。まぁ、とは言っても家から駅までの間だから仕方ないか。私が風邪をひいているとかで、まわりに迷惑を掛けないためというのであれば、マスクをするが、そうでもないのならねぇ……と捻くれた私は思ってしまうのだ。

ということで、今年の春の空気は花粉が多いらしい。そんな空気もまた空気。真空状態や酸素が希薄な環境では生きていけない人間であるから、花粉だらけの空気を吸ってでも生活せねばなるまい。窒息するよりはマシだろ。

ところで、今日は朝から終日出張というわけで、某大手通信キャリアの事務所に一日詰めていた。そこで感じたことなのだが、換気の状態が非常に良い。だから作業をしていても、実に快適なのである。客先なので自由は束縛されて、トイレにも思いのままに行けないわけだが、空気が良いから缶詰に近い状態でも苦にならないのだ。一方で私が普段勤務している南町田の事務所の換気はホントにクソである。行動に制限はされていないものの、あの換気の悪さゆえに、事務所のなかにいること自体が苦痛なのである。午後から急に室温があがったり、空気の流れがまったくなかったり、あれじゃ時間が経てば経つほど二酸化炭素濃度が濃くなってしまうんじゃないかって思う。おまけに窓際に座る人たちは寒いのか何なのか、窓を開けて空気を入れ換えようともしない。さすがに病気にはならないけれども、あれではストレスが貯まるではないか。誰もが換気の悪さを口にするのだが、改善される見込みがなにもない。おまけに私にとっては自分の会社ではないのでどうすることもできない。自分の会社であれば遠慮なく言うのであるが。

大自然の空気のようにきれいに澄んだ空気が欲しい!などと贅沢は言わない。横浜という街に住んでいる以上、多少の排気ガスや花粉には、慣れっこなわけだからね。しかし換気が悪いのは、はっきり言っていただけない。朝から夕方まで閉じられた空間で、百人くらいの人間が同じ空気を吸い続けるわけだから、どう考えても健全とは言えまい。