芥川賞 | あるキリスト者のつぶやき…

芥川賞

芥川賞と直木賞の受賞者が発表された。

何より印象に残ったのが、芥川賞を受賞された朝吹さんと西村さん、この2名の経歴の違いである。

朝吹さんは、大学院生。父親が詩人で文学者、大叔母が翻訳家とか。なんとも文学好きな血筋なのかもしれない。なるべくしてなったというような気もする。

一方、西村さんは、中卒のフリーター。しかも前科持ちとか。

なんともバックグラウンドの異なる二人である。どちらの作品もまだ読んだことはないが、それぞれが今まで歩んできた道筋を考えるに、おそらくまったく性質が異なる作品であるに違いない。さすがにここまで違い過ぎると、果たしてそれがどのような形になって作品に現れてくるのか、ちょっと気になるところだ。そのうち気が向いたら読んでみようかな。おそらく文藝春秋に記載されるだろうからね。

しかし、ここまで作者自身についてのインパクトが強いというか、特徴がありすぎると、どのような物を書いているか想像できてしまいそうである。朝吹さんは、おそらく優等生っぽい作品であろうとか、西村さんはやや荒々しく生々しい作品であろうとか……確たる根拠があるわけではないのだが、なんとなくそのようなことを想像してしまうのだ。もっとも実際に読んだことがないのだから何とも言えないから、私の勝手な思い込みということもあるだろうが。でも、ある程度予想が出来てしまう時点で、なんだかちょっと興ざめしてしまう気がしなくもない。もっとも文学賞を取ったからと言うだけで、それが私の趣向に合うというわけでもないだろうから、どうでもいいっちゃ、どうでもいいんだけどね。

それにしても、文章を書くには、本当に年齢も経歴も関係ないということは明白である。要するに読み手の心をつかむことができるかどうか、ということなのだろうか。もっとも、読み手というのも色々だろうから、こうすれば良い文章が書ける、という方法は存在しないだろう。裏を返せば、読み手のことを意識せずに、自分の書きたいことを書きたいように書くというのも、ひとつなのかもしれない。それでも分かってくれる人は分かってくれるだろうし、分かってくれない人のためにわざわざ作品を書くのも時間と労力の無駄であろう。などと、何一つまともなものを書いたことのない私が言うのもおこがましいけど。自戒するようなものだ。