必要なものだけ | あるキリスト者のつぶやき…

必要なものだけ

例えば、ここにある商品があるとしよう。私が前から欲しかったものである。それほど高価なものではない。新品の定価で15000円程度だとする。ところで、それは今では製造されていないものだし、買う機会を逃すと、次に買えるのはいつになるか分からないという性質のものである。さて、ある日ふとネットのオークションを眺めていたら、まったく同じものが10000円で売っていたのを見つけたとしよう。大手メーカーの製造したものであり、なおかつ機械的なものではないので、たとえオークションで購入したとしても、不良品である可能性は100%ないと言ってもいい。さらに時間の経過に従って劣化するようなものでもない。おまけに出品されている商品は、まだ包装が解かれていないものである。普通に考えれば、こちらを買った方が得であることは疑う余地もない。むしろ好条件がここまで揃っているのに買わない方がどうかしてる……などとも思ってしまうのだ。

しかし、問題がひとつ。それが必要なものではないということだ。それが無くても困ることは何一つない。とは言っても、それがあったところで何かが劇的に変わるというものでもない。要するに自己の欲求を満たすだけなのである。もっとも、一時的に私を満足させるだけではなく、おそらく今後数年に渡ってそれを眺めれば自分を納得させることはできるだろう。それを考えると今後数年自分を幸せにさせる要素をひとつ追加するのに、10000円かかるということだ。考えてみれば安い投資にも思える。

どうも最近不景気なものだから、不要なものは買わないでおこうと思っているのだが、これは我慢すべきだろうか。それとも、勢いに任せて買ってしまうべきだろうか。うーむ、なかなか悩ましい。我慢ばかりするのも精神衛生上よろしくないような気もしなくもないのだが……やはりそれは言い訳のひとつでしかないようにも思われる。

しかしあれだ、冷静に考えてみると、そんなものよりもDVDレコーダーをどうにかしないといけないという現実がある。こちらの方が需要は高いし家族全員が使える物だ。まずはDVDレコーダーを先に購入すべきか。

何だかんだ言っても、本当に必要なものだけを買って満足できるほど強い意志があれば、こんなことでは悩まないんだろうなぁ。でも、それだと人生がクソつまらないものになってしまうだろう。やっぱ欲はある方が良い。