カミソリ | あるキリスト者のつぶやき…

カミソリ

またまた床屋の話題になってしまうが、床屋の良いところは髭を丁寧に剃ってくれることだろう。もっともこれは女性には分からないヨロコビかもしれないが。

髭なんか自分で剃れるじゃないか、という意見は確かにもっともである。しかしながら、いつも同じカミソリを使い続けているから、刃の切れ味が悪くなっているのも原因かもしれないが、どうしてもうまく剃れないところがでてくるのだ。もっとも一晩経てばちょびちょびと髭が復活するから、あまり気にするようなことでもないのかもしれないけど。とは言っても、剃った後にじょりじょり感があるのは、ちょっといただけない。でも、いつまでもしつこくカミソリをあてていると、肌がヒリヒリと痛くなってしまうので、それはそれで困りものである。もっとも、カミソリの刃を常に新品に替えて、なおかつひげそり前にちゃんと髭が柔らかくなるようにしておけばいいんだろうけども、自分のためにそこまでするのも、面倒っちゃ面倒である。だったら、我慢をするべきと言われても反論のしようがない。

だからこそ、上手な人に丁寧にやってもらうのが快感なのである。

しかし、冷静になって考えてみれば、不安になる要素はいっぱいである。なんせ、他人に対して自分の首を差し出して鋭利な刃物で髭をそってもらうからだ。もちろん、最近は安全なカミソリを使っているのかも知れないが、それにしてもこちらとしてはリラックスした状態で相手に任せているのである。相手がその気になれば、いつでもこちらの首を掻くことができるのだ。もちろん、それを疑ったことはない。

でも、そんなことを考えていると、マフィア映画とかギャング映画でありがちなシーンを思い出してしまう。組織を裏切った人物が床屋に髭を剃ってもらっていたとしよう。すると、そこにボスが現れて、床屋の親父を追い出す……そして腕っ節の強そうなボディガードが裏切り者を逃がさないように椅子に押さえつけて、ボスは手近にあるカミソリを手にすると、裏切りものの頸動脈をスパッ!とやるわけで。うぅ、こえぇ。床屋ってホントに人を油断させるところだ。