9.11 | あるキリスト者のつぶやき…

9.11

今日は9月11日。9月11日と言えば、米国同時テロの日である。正確に言うならば、日本時間の12日早朝であろうか。ちょうど今年で9年である。2001年と言えば、私が米国から帰国してまだ3年しか経っていない時期であり、まだ今よりも米国に対して特別な思いがあった時期である。当然ながら、他人事とは思えなかった。ニューヨークに知人がいたわけでもないので、誰かの安否を気にするということはなかったけれども、あのワールドトレードセンターに旅客機が突っ込み、崩壊してしまったという事実が衝撃的だったのを今でも覚えている。

WTCで火事が起こったらしい、というニュースを生中継していたのでテレビを見ていたら、まさしく2機目の旅客機がWTCに突っ込む瞬間を見たときは、これは事故ではないというのは一般人の私でも気付いたくらいだ。

あれから9年経ったわけだ。米国本土が外部から攻撃を受けたのは、日本がハワイ真珠湾を奇襲攻撃して以来のことだ。真珠湾攻撃は日本海軍が米国海軍基地を攻撃したという事実を考えると、軍と軍の衝突であって、当時の状況からしてやむなしと言えるのかもしれないが、9.11同時テロは軍施設ではなく一般の私設に対する非正規勢力による攻撃である。そんなことを考えると、あのような事は米国史上初めてのことだったろう。相当衝撃的な事件であった。

しかし、それでもアメリカ(アメリカ人)のすごい、尊敬に値すると思えるところは、そのことを振り返って悲しんでいるばかりではなく、前進しようという思いがあることだ。これは残念ながら日本(日本人)にはないことだろう。

日本人はいつまでも過去のことにとらわれて、それを悲しんだり、後悔したりするばかりである。そして極端に被害者意識をもったり、加害者意識をもたっりするのだ。もちろん、過去を振り返ることは悪いことではないし、必要なことかもしれないが、どうもそればかりに固執しているのではないだろうか。しばらく前も原爆慰霊祭の記事をニュースで読んだが、毎度毎度のように「戦争はいけない、核兵器はいけない」という声ばかりが聞こえる。それはそれで、間違った考え方ではないだろうけど、建設的でないのである。いわゆる「これはダメ、あれもダメ」みたいな、何でもかんでもダメダメ、みたいな考え方である。それを土台なり燃料なりにして、何かをしようという思いが見られないのだ。悪く言ってしまえば、日本人はネガティブな思考しかできないのである。もう少し、物事を前向きにとらえることはできないのだろうか。過去を悔やむだけでは人間進歩しないではないか。