代表選 | あるキリスト者のつぶやき…

代表選

最近、新聞を開くと、必ず目にするのが民主当代表選の話題。いや、厳密に言うならば、新聞の一面に載っているので、わざわざ開かずとも見えてしまう。読売と産経の二紙に目を通すようにしているのだが、いずれの新聞もこの話題ばかりである。おそらく他の新聞も似たり寄ったりなのであろうと推測する。

先日は小沢が出馬せずに菅、小沢、鳩山に輿石を加えた3+1という、世論の目から見たら、まずありえない、トンデモナイ体制を組むような雰囲気ではあったが、結局人事で折り合いが付かなかったのか、小沢と菅の一対一の争いになってしまった。

日本の通例だと与党の代表が首相になってしまうわけだから、代表選の結果では、今と変わらず菅首相のままなのかもしれないが、ひょっとすると小沢首相が誕生してしまうのかもしれない。米国の大統領選だと有権者が投票することができるのだが、日本ではそれができない。もちろん、米国の大統領選も有権者が投票することは投票するのだが、いろいろと複雑な仕組みがあるらしく、すべての投票数が直接有効となるわけではないらしい。詳しいことはよく分からないが。いずれにせよ、一般人が大統領候補の話を聞いて、自分の意志に従って、自分が応援する候補に投票できるのは良い制度だろうと思う。もっとも、日本のように大衆に影響力を持つマスコミが民意を左右しかねない日本でそれをやるのは衆愚に国家の代表を選ばせるようなものなので、むしろそうではない現状の方がマシなのかもしれないが、考える人にとってはやはり投票できるほうが良いのではなどと思うのだ。

それにしても、与党であるというだけで、その党の代表が首相になるっていうのも、どうかと……。それでも、まともな人間が立候補するのであればまだしも、菅も小沢もどっちもイマイチな感じがしてならない。クリーンな政治などと言っているけれども、政治にクリーンなことを求めるのは無理だろう。世の中なんだかんだ言っても金が物を言う。若干、金の噂が付きまとうのは仕方ないだろう。だからそれをあえて争点からはずすとしても(もっとも小沢の秘書が逮捕されてることや、不起訴不当の判断がでている現状では、「ちょっとした噂」では済まされないかもしれないが)、彼らのいずれもが本当に日本のことを考えてるとは思えない。菅は韓国に頭下げっぱなしだし、小沢は中国に言って「人民解放軍の野戦軍司令官のつもり」なんて言ってしまうくらいである。

どっちが勝っても、どっちが首相になっても、まだまだ日本は混迷したままだろう。