坂本龍馬 | あるキリスト者のつぶやき…

坂本龍馬

NHKで「龍馬伝」を放映しているせいか、なぜか今年は龍馬がはやっているようだ。基本的にテレビを見ない私なので、NHKのドラマは2、3回ちょっと見た程度に過ぎないが、司馬遼太郎の「龍馬がゆく」は読んだことがある。

さて、なぜか最近「平成の龍馬になる」とかいう政治家とか実業家たちが世間に湧いている。彼らが何を考えているのか、正直私にはよく分からない。なんだか馬鹿のひとつ覚えみたいに龍馬、龍馬と言っている気がしてならないのだ。たしかに龍馬の知名度は高い。知名度が高いからといって、そんなに立派な人物だったのかというと、果たしてどうだったのだろうかというのが、私の疑問だ。

私は幕末史を専門に勉強してきたわけではないし、それどころか日本史なんて中学の頃にやった程度だ。但し、私は本を読むのが好きだから、幕末の人物を題材にした小説なら数多く読んできた。もちろん、小説なので、若干の脚色なりは加えられているだろうから、そこの書かれていることを額面どおりに受け取るわけにもいかないが、異なる作家が異なる視点から書いて、共通の事項があるとすれば、おそらくそれは史実にかなり近いものがあるだろうと思われる。で、肝心の龍馬であるが、おそらく最大の功績として挙げられているのが、薩長同盟を実現に導いたことだろう。さて、龍馬がどのような思いで、これを実現に導いたのかは分からないが、これが結果として良かったのかが疑問である。

これが結果として徳川幕府の瓦解、明治維新へとつながるのであるが……今更、そんな昔に起きてしまったことを論ずるのもどうかと思うが、二百数十年も日本を治めてきた徳川幕府を無理やり国賊にしてしまったやりかたはどうかと思う。さすがに、これは龍馬も望んでいなかったことだろう。徳川慶喜が大政奉還を行ったのを龍馬は涙して喜んだと言われているではないか。そんな龍馬の感動を裏切るようなことに、龍馬自身が立役者となった薩長連合、および一部の公家が暴走してしまったのである。

平成の龍馬とか抜かす連中、彼らは幕末をどの程度理解しているのだろうか。知名度だけで龍馬をかたっても、私からみたら単なる阿呆である。