電子書籍とか、その二 | あるキリスト者のつぶやき…

電子書籍とか、その二

先日も電子書籍の話題をテーマに書いたが、一昨日の産経新聞(iPhone版)のコラムでも、似たようなトピックを取り上げていたので、ちょっと読んでみた。いや、なかなか勉強になるというか、そのような視点もあるのかと、ちょっと目から鱗が落ちるような印象だった。残念ながらコラムを書いた人の名前は忘れてしまったのであるが……。

さて電子書籍というと、私もそうだけれども、普通に人が考えるのは、字義通りに、本が電子化されるということだろう。まぁ、確かにそれはそれで正しいのであるが、この人の考え方というか視点は、勉強になるというか、あぁ、なるほどね、と思わされた。

なにが私のような凡人の考えることと違うのかと言うと、本が電子化されるというのではなく、むしろ電子化された様々なものが本になるということだ。いや、もちろん、ここで筆者が言っていることは、すべての電子化されたメディアが紙の書籍になるということではない。さすがにそれはありえないだろう。そんなことしたら、紙が足りなくなってしまいそうだし、それだけの量の情報をしまっておくだけの場所もあるまい。それこそ地球が紙の本で覆われしまう。

つまり、KindleやiPadに代表される電子書籍用の端末で、あらゆる情報を閲覧することができるようになるであれば、あらゆるメディアが書籍化されることになるということだ。ちょっと、私の下手糞な文章ではオリジナルのコラムの雰囲気を伝えることはできないが、重要な点はそこにあるのだろ。つまり手軽に本を読むことができるように、電子化されたありとあらゆる情報を手軽に閲覧できるようになるということだろう。iPadがもたらす一番の影響というのが、そのような電子書籍に対する新しい考え方ではないかと、筆者は言っているのだ。

動画であれ音声であれ画像であれテキストであれ、電子書籍として人に受け入れられるようになるのであれば、人の書籍に対する考え方というのも変わるのであろうか?電子書籍については、ちょっと気になる分野である。個人的には、いろいろな手段で思うところを配信していきたいものである。もっとも私の提供する内容が、そんなに人のためになることかどうかは、ちょっと怪しいものではあるが。