のんきに「桜を見る会」とか | あるキリスト者のつぶやき…

のんきに「桜を見る会」とか

桜の花をめでるというのは、日本人の血の中に流れる何かが原因なんだろうか。うーむ、よく分からない。私もアメリカにいた頃、近所の大学の敷地内にきれいな桜並木があったのだが、日本人のようにじっくりと眺めたりする人も少なければ、桜の下で宴を開く人たちもいなかった。もっとも、桜のしたで宴を開くのは、公園とかならまだしも、普通の道路でやっちゃう人たちもいるので、さすがにあれは行き過ぎだと思うのだが……まぁ、人それぞれ受け止め方っていうのが違うんだろうから、仕方がないのかもしれん。

さてここ数年、仕事も忙しいこともあれば、そうでなくとも何かと身の回りがばたばたしているので、ゆっくりと桜も眺めて散歩するという余裕がない。通勤の途中とかで、ちらっと見たりすると、あぁ、桜の花が咲いてるなぁ、春なんだなぁ、キレイだなぁ、などと思ったりするくらいである。何かとやるべきことがあったりすると、桜の花の優先度が若干低くなってしまうのはやむをえないことか。

しかし世の中、どんなに忙しくても、気にしなければいけないことがあれども、1万人の人を招待して花見をしちゃう、えらい景気の良い人がいるものだ。ポッポ総理である。そんな天気も良くないのに、暖かくもないのに……いやいや、それよりも他に優先度の高い課題が山積みであろうに、花見をしちゃうとは、やっぱりsomeone loopyはやることが常人とは違うんだねぇ。一番関係の深い同盟国からお怒りを頂戴しているのに、花見である。本人にしてみれば、これも立派な公務なのかもしれないが、いやはや凡人の私の目から見たら、どう考えても遊んでいるだけにしか見えないのである。

総理曰く、「桜も寒い時こそ頑張らねば、と美しさを競っている。新政権も厳しい状況だが改革を大きく前に前に進めたい」だとさ。

あぁ、もう、この人どうにかしてくれ。改革を進める前に、同盟国との約束を守ってくれよ。自分の理想を追求するんじゃなくて、国家の利益を追求してくれ。それが総理大臣の仕事じゃないのかよ。桜の木の下で、油なんか売ってる場合なんですかね。