風が! | あるキリスト者のつぶやき…

風が!

最近、風の強い日が多い。昨晩から今朝にかけては夜通し風が吹いており、そのうち窓が割れちゃうんじゃないかと心配になるほどだった。我が家のような中古のおんぼろマンションでは、隙間風でブラインドが揺れたり、窓がガタガタなったりという具合だ。それも今夜はすっかりおさまったけれどね。何事もなく過ぎてよかった、よかった。

さて、この風であるが、当然ながら目でみることができない。目で見ることはできなくても、感じることはできるので、きっとそこに存在しているんだろう。改めて考えてみると、不思議な存在である。で、その不思議な風というものを絵にすると、たいていこんな感じになるだろう。

あるキリスト者のつぶやき…-かぜ

雲が風をびゅーっと吹いている姿である。んー、下手っぴな絵で申し訳ない。それにしても、なんとも弱そうな雲である。まぁ、それはおいておくとしよう。画才がないんでしかたがない。

しかし、雲が風を吹くわけはない。所詮、風と言っても、気温差による空気の流れでしかないのである。そう言ってしまうと、なんとも興ざめするような気がしなくもない。

もっとも風の起源が雲であろうと気温差であろうと、風を見ることができないことに変わりはない。でも、目に見えないからといって、そこに存在しないわけではない。ちゃんと感じることができるのだ。感じることができるというのは、そこに存在しているからだ。

ちょっとマジメな話しになるが、神も然り。神を見た人はいないが、神、もしくは人間の理解を超えた何らかの存在を感じたことのある人はいるだろう。風同様、それがどこからやってくるのはわからない。しかし、人はそれを感じることができるのである。人に信仰心があろうとなかろうと関係ない。人が何かを感じるのは、それは神が存在するからだろう。