ごましおのうまさ | あるキリスト者のつぶやき…

ごましおのうまさ

どうでもいいけど、最近携帯で記事を書くのが億劫になってきた。最初のうちは時間を有効に使えるような気がしてよかったのだけれども、あの小さいのでプチプチやるのは、どうにも疲れてしょうがない。それに携帯で入力するよりは、普通にPCのキーボードでタイプした方が断然早い。というわけで、今日はPCで記事を書くことになったわけだ。やっぱ違う。

それはそれとして、私はごましおが好きである。白い炊き立てご飯に掛けて食うとうまい。弁当のご飯にもこれが掛かっていると、それだけで弁当のうまさが倍になりそうな気さえする。あまりにも私がごましお好きなもんで、しょっちゅう弁当のご飯にごましおを掛けてもらっているものだから、とうとう全部食べ切ってしまった。

ごましお、考えるまでも無く材料は「ごま」と「しお」である。このふたつを混ぜれば、「ごましお」になるわけで、簡単な算数みたいなものである。さて、「ごましお」がないものだから、「ごま」と「しお」をまぶしたおにぎりが今日の弁当にあったのだが、いやはや、食べてみても何か味が違うのである。材料は同じはずなのに。

そこで、思ったのだが、ごましおの「ごま」と「しお」の比率が重要なのではないかと。このバランスを真似しない限りは、あの「ごましお」の風味は、両者を混ぜるだけでは再現できないであろう。

さてはて、そんなことを考えていると、世の中にはごましおのように一見、単純で作ってみるのも簡単そうなものがあるだろうが、実際には同じものを再現するのは難しいものがあるのではないかと。いやさ、もちろん例を挙げろと言われたら、ぱっと何か思いつくものがあるわけじゃないけれどね。何となくそんな気がするわけさ。何はともあれ、物事のバランスというのは大事なんであろう。

今日の感謝は「ごま」の比率が「しお」の比率より格段に多かった「ごま」おにぎりを食えたこと。ごまはアタマに良いらしい。つーか、もう手遅れだろうけど。