記憶の断片 | あるキリスト者のつぶやき…

記憶の断片

今日は文化の日。毎年恒例、教会のバザーに行ってきた。今までは毎年タコスの製造、販売を担当していたのだが、今年はマンションの理事会だの何だので、色々と忙しく、今日は何か特別に用事があったわけではないけれども、ちょっと気持ちの余裕がないので、今年は役割を持たずに「お客さん」の側にまわった。来年はもう少し落ち着くはずなので、タコス屋にでもなろうかと思う。しかし、いざ休んでみると、やっぱり落ち着かないものである。やり慣れたことをするのがいいのかもしれないね。

閑話休題。

毎日過ごしていると、あれこれ頭に浮かんで、これを本日のブログのネタにでもしようかどうしようかと、思ったりするわけだが、いざこうやってパソコンの前に座るなり、携帯を取り出したりすると、さて何を書こうかと悩んでしまうのである。あれこれ書きたいことが多すぎて悩んでしまうわけでもない。書くことがなさ過ぎて悩んでしまうのとも違う。どうやって書こうかと迷ってしまうわけでもない。

何かって言うと…何を書こうと思っていたのか、思い出すことができないということなのである。色々思うところがあっても、何を考えていたのか、何を書こうとしていたのか、何を書きたかったのか、あれこれあったはずなのに、どうも完全に思い出すことができないのである。曖昧なイメージというか、記憶の断片とでもいおうか、何やらもやもやしたものだけしかないのだ。

思いついたことをその時その場で記録しておけばいいのかもしれないが、どうもそこまでするのも、ちょっと面倒というわけではないにしろ、今一歩というところで止めてしまうのである。