受け継がれるもの | あるキリスト者のつぶやき…

受け継がれるもの

今夜のメニューはカレーにサラダ、ついでにデザートはスイートポテトだった。さて、私の妻は、どちらかというと料理が苦手である。いや、苦手というのか、もしかしたら私の味覚と違うのかもしれない。妻がおいしいと思うものを、私の味覚では、うーんちょっと…ってところなのかもしれない。さて、カレーとサラダはさすがに滅多なことでは失敗のしようがないからいいのだけれども、問題はスイートポテトである。

で、食後にスイートポテトが出てきたのだが、まずは長女が一口。「おいしー!」と言っていた。ほほぉ、どれどれ、と思って私も一口。「・・・」さすがに子供たちがおいしいと言ってるのに、私の正直な意見は言えないだろ。なんというか、風味が全然ないのである。サツマイモの味が薄まったような味しかしないのである。スイートポテトというと、洋酒かバニラエッセンスかシナモンで風味付けをするものかと思うのだが、味がしないのである。純粋に芋だけで作ったのなら、芋の味がするだろうが、それすらも薄まっているのだ。サツマイモ味の不思議なものを食べている感じだった。

これを食べて、お世辞でもなく本気でおいしいと言ってるとは…子供たちは妻の味覚を受け継いでしまったのだろうか。はたまた、妻の作るものをいつも食べているから、それをおいしいと自然に思うようになってしまったのだろうか。なんというか…父として一抹の不安。

それはそうと、我が家の近所に「リスの公園」と私が呼んでいる公園がある。コンクリートで作ったリスの置物、椅子としても使えるやつ、がおいてあるからだ。私が子供の頃から、この公園はあって、その頃からリスがあった。私の遊んだ公園で、いつか私の子供たちが遊ぶようになった。ちょっとした歴史のある公園だ。私の子供が遊ぶ頃には、すっかりリスの塗装もはげて、みすぼらしくなってしまった。

先日、その公園の横を久しぶりに通ったのだが、なんと工事中ではないか!当然ながら、リスも撤去されて、すっかり何もないさら地になってしまった。もちろん公園がなくなるわけではなく、新しく整備しているだけだから、まぁ仕方ないのだろうが、あのリスが無くなってしまったとは、ちょっとさびしいものである。まぁ、子供たちの記憶にリスの公園として受け継がれていかれれば、それでよしとするか。