もっと良い生き方 | あるキリスト者のつぶやき…

もっと良い生き方

改めて考えると…いや、改めて考えない方が良いのかもしれないが…こんな人生でいいのだろうかって思う。

たいして面白くもなければ、好きでもないことをするために、毎日通勤に三時間も費やして、しかも仕事のできない連中に上から目線で使われて…こんなことの繰り返しである。はっきり言って毎日がつまらない。それでも、ある程度の稼ぎがあるならまだ我慢のしようがあるかもしれないが、税金だのローンだの保険だのあれこれ差っ引かれたら、手元に残るのは、年齢の半分未満である。これでは生活していくのがやっとである。欲しいものがあっても買うこともできない。溜まるのはストレスばかりだし、今度はそのストレスが原因で鯨飲馬食してしまい、体重と体脂肪が増えてしまうばかりである。体重なんかは年齢の二倍を軽く超えてしまっている。

行き着くことろは、真面目に過ごしたところで、何か良いことがあるわけでもない、かと言って、愚痴をこぼしたところでどうしようもないという、諦めである。

そして、もっと良いものが与えられて当然なのではないかという不平不満を抱き、私にもっとふさわしい人生があるのではないかという、わがままな思いに取り憑かれてしまうのだ。

そう考えると、私にふさわしいものはなんであろうか…それは良いもの?それとも悪いもの?因果応報という言葉がある。性善説に立つならば、私はもっと良いものを得て然るべきだし、性悪説に立つならば、もっと悪いことに見舞われても文句は言えまい。

クリスチャンの立場から言えば、後者であろう。人は生まれながらにして罪人なのだから。そう考えると、こうして文句を言いながらも、毎日息をできるのは、むしろ感謝すべきなのかもしれない。