赤い羽根の不思議 | あるキリスト者のつぶやき…

赤い羽根の不思議

今朝は見掛けなかったけど、昨日の朝は地元の駅前で赤い羽根募金をやっていた。もちろん私は善人ではないので、1円たりとも募金せずに素通りである。

ところでふと思ったのだけれど、あの赤い羽根であるが、あれを一本製造するのにどれくらいのコストが掛かっているのだろう。仮に単純に1本1円だとしよう。そしてあの赤い羽根は何本製造されているのだろうか。仮に五千万本としよう。単純に考えてみると、ざっと五千万円が赤い羽根募金で配られる赤い羽根に使われているのだ。

ちなみに一説では、1本の製造コストは2円で、毎回八千万本用意されるらしい。つまり、募金をする度に一億六千万円という大金が、あの赤い羽根に化けているのだ。

私の目から見ると、とても無駄なことに思える。だいたい赤い羽根に何の価値があるのだろうか。まず見た目が悪い。あんなのみっともなくてつけたいとは思うまい。つけたいと思う人のセンスを疑ってしまう。仮にも募金してあの羽根をもらうとしよう。でもあれ自体に価値を見いだす人は少ないだろうから、最終的にはゴミとして捨てられてしまうに違いない。そうやって考えてみると、数千万円近い大金がが赤い羽根になって、最後にはゴミに化けてしまうのだ。無駄じゃないかと呆れてしまう。というよりも、馬鹿じやないかとさえ思う。

だったら赤い羽根を配るのをやめて、余剰分を募金にまわせば、もっと有効なことに使われるのではないだろうか。

そう考えると、馬鹿馬鹿しくて募金なんか絶対にするものかと思うのだ。

募金を募る方も、する方も善意からなのだろうが、本当に役に立つことを考えるのならば、あの無駄な赤い羽根の配布はやめるべきであろう。