久々に洗車した | あるキリスト者のつぶやき…

久々に洗車した

午後から久しぶりに車を洗った。とは言っても、丁寧に手でゴシゴシと洗ったわけではない。もちろん時間と場所の余裕さえあればちゃんと手洗いしてあげたいところだが、そんな余裕はないのでコイン洗車に行って、機械式の洗車機で洗うだけであるが。で、マンションの駐車場に戻ってきてから、丁寧に拭いて、仕上げにワックス(と言ってもスプレー式の簡単なものだけど…)をかけてやった。

さすがに中古車なので、細かい傷やらへこみが多数見られるが、それでもきれいにしてみると気持ちがいいものである。屋根のない駐車場に置かれて、使われるときは道路を走るわけだし、妻は運転が下手なもんだから、時に思わぬ傷をつけられることもある。だからちょっとした傷なら、車の持ち味だと自分を納得させることができる。まぁ、妻が街灯にこすったところはちょっと塗装がはげて目立つのだけれど、これはそのうち直すことにしよう。

だもんで、ちょっとの傷は仕方ないと思うし、許すこともできる。

が、汚れているのは、ちょっと私としては頂けない。たしかに汚れるのは仕方がない。毎日風雨にさらされているわけだから、当然である。しかし、傷のように跡に残るものではないから、手入れをしようとすれば、出来ないことではない。それこそ簡単にやろうと思えばガソリンスタンドで給油したついでにドライブスルー洗車というのもある。そんなわけで、汚れているというのは、その手間さえ惜しんでいるようで、それでは、ちょっと車が可哀想である。

とか言っている私も、今の車に乗るまでは、洗車をしようとは思わなかったのだが…。

傷がついているうえに汚れているのは、惨憺たる有様である。たとえ傷がなくとも汚れているのは哀れな様である。しかし、傷があっても、ピカピカしているのは、大事にされていることの表れのように思える。

やっぱりきれいにすると気持ちが良い!これからも大事に手入れをしていこう。