いかにして書斎を持つか | あるキリスト者のつぶやき…

いかにして書斎を持つか

以前にも書いたが、前々から書斎が欲しいと思っている。エッセイを書いたりするためのプライベートな場所であり、誰からも邪魔されることのない平安の場である。そんな空間が欲しい。が、どう考えてもそれは無理なことは重々分かっている。

などと思っていたのだが、考えようによっては不可能ではないかもしれないとも思うようになってきた。もちろん私が夢に描くところの書斎ではないかもしれないが。

まず今の自分にとって何が必要もしくは有益であるかを考えてみよう。書くことに何やら明確なものではないが、使命感というか意義を感じている私にとって、書くための作業場所は大事かもしれない。

つぎに、今自分が不足に感じていることは何であるかということだろう。逆に考えると、求めているもので、実は気付かないだけで、既に手に入れてるものはないだろうか。してみると、ひとりになる場所は、クルマを運転している時とか散歩している時とか、結構あることに気付かされる。

すると今の私に相応しい書斎とは、すなわち書くための場所であろう。それ以上を求めるのは贅沢というものである。

もちろん今だってエッセイを書いているのだから、まるっきり場所がないわけではない。ただ、それが時にダイニングのテーブルだったりソファーだったりベッドの上だったりするのだ。それでもよいのかもしれないが、最近それではいまいち集中できなくなってきたのだ。どうもソファーとかベッドとかでは姿勢が悪くなってしまいのである。

そこで思った。だつたら、机を一つ用意すればよいのではないかと。置く場所は考えるとして、机を買えば、今の自分に相応しいささやかな書斎になるのではないだろうか。

ちょっと手頃な机を探してみようか…。